Power over Ethernet(1)PoEの概要と規格の歴史

PoE は Ethernet の通信用撚対線(金属ケーブル)を利用して、接続先機器に電力を供給する仕組みだ。通信線と電力線を統合することで配線をシンプルにし、電源配線の敷設が困難な場所に Ethernet ケーブル(撚対線)だけで機器を設置することができる(図1 PoE 構成例)。

PoE の主な用途は、IP電話、WiFiアクセスポイント、IPラメラ、照明機器など比較的消費電力が少ない機器への給電だ。規格化当初は IP電話対応の事例が多く、WiFiアクセスポイントの高性能・高機能化が PoE の供給電力増強や機能強化の背景にあった。

図1 PoE 構成例」は 、Ethernet スイッチ(給電装置)とWiFi ルータ、IP 電話や IP カメラを PoE で接続している。PoE 対応 Ethernet スイッチ(給電装置)には商用電源が必要だが、受電装置には商用電源の配線は不要だ。PoE では、給電装置を PSE(Power Sourcing Equipment)受電装置を PD(Powered Device)と呼ぶ。

図1 PoE 構成例
図1 PoE 構成例

PoE 導入の利点と懸念点

PoE 導入の利点

コスト削減
PoE は通信線と電力線を統合することで配線を単純化できる。部材コストの削減だけではなく、工事資格が必要な電源線敷設コストを削減することができる。
柔軟性
電源配線の必要がないため、IP 機器を容易に移動できる。オフィスでの機器レイアウト変更でも、業務の中断を最小に抑えた工事が可能になり、特に電源配線が困難な天井などへの WiFiアクセスポイントや IPカメラの設置が容易になった。
安全性・安定性
PoE 対応 Ethernet スイッチを UPS(無停電電源)でバックアップすることで、接続先の PoE 受電装置の電源も守られ、電源の信頼性を高めることができる。また、ACコンセントを個々にバックアップする必要もなくなった。AC電源(AC100V)を使用せず、人体に安全な低電圧直流(48~57Vdc)を使用することで、安全性も高まった。電気的な安全性や安定性だけではなく、システムの安全性や安定性を向上できるようになった。例えば、SNMPなどの管理ツールで機器の監視、シャットダウンや電源の on/off ができ、システムの安全性を高めることができる。

PoE 懸念事項

安全性
既存のケーブル、コネクタや PoE 未対応機器に損傷を与えず、人体の安全に影響がない電圧・電流や制御を規定する必要があった。また、様々な安全規格への対応も必要だ。特に IEEE が一連の規格制定で懸念したのは温度上昇だ。ケーブル等の温度が上昇すると抵抗値が増え通信に影響があるだけではなく、発煙発火等の重大な事故につながりかねない。 Ethernet ケーブルは安全基準が明確ではなく、試験も十分とは言えない。また、ケーブルを固く束ねると中心部のケーブルの温度上昇が大きく、発火や火災に至ることもある。 IEEE では、ケーブル温度 50℃ 以内を目標に規格制定や確認作業を行っている。
信頼性
直流電圧の印加は「基本的」には通信に影響はない。しかし、温度上昇による抵抗増で信号品質の劣化を招く恐れもあり、温度上昇には慎重な対応が必要だ。また、突入電流による機器の破損、誤動作や妨害波の発生も懸念事項だ。

PoE 規格の歴史

PoE には 2種類の方式がある。接続機器が PoE 対応であることを確認してから給電を行う「アクティブ PoE」と、確認を行わず給電を行う「パッシブ PoE」だ。いずれの方式も、商品が流通している。

アクティブ PoE は、機器間での制御手順や電圧・電流などを厳密に規格化している。IEEE 規格として、802.3af/802.3at/802.3bt/802.3bu がある。これらは、通称 PoE/PoE+/PoE++/PoDL と呼ばれる一般的な PoE 方式だ。IEEE 規格以外にもベンダーや業界団体が規格化した PoE 方式がある。Cisco 社が開発した UPOE(short for Universal Power Over Ethernet)や、業界団体 HDBaseT Alliance が開発した PoH(Power over HD Base T)などがある。UPOE と PoH はいずれも IEEE 802.3at をベースにより高い給電能力を備えている。これらの 2つの規格は、802.3at が 4ペア給電を正式サポートせず、期待に応えられなかったことが要因で登場したのではないかと思う。

パッシブ PoE は非標準の PoE で、接続機器の確認や制御手順はなく、Ethernet ケーブルで常に電力を供給する方式だ。動作は簡単だが、接続機器の故障や焼損の可能性がある。

今回は、IEEE の規格である「802.3af/802.3at/802.3bt/802.3bu」の 4つの規格を順次解説したい。アクティブ PoE 規格と Ethernet 規格の制定時期は「図2 Ethernet / PoE 規格化時期」、各規格の関連は「図3 PoE 規格関連図」をご覧いただきたい。802.3bu(PoDL)は、1ペア撚対線で動作する車載 Ethernet 用に作られた規格で、汎用 Ethernet 用 PoE と大きな違いがある。PoDL は汎用 Ethernet 用 PoE 解説後に、お話ししたい。

図2 Ethernet / PoE 規格化時期
図2 Ethernet / PoE 規格化時期
図3 PoE 規格関連図
図3 PoE 規格関連図

注記事項

PoE

PoE の表記は、Power over Ethernet 規格全体を表現する場合がある。また、個別規格の 802.3af を PoE、802.3at を PoE+、802.3bt を PoE++ と記載する場合が多い。特に PoE の表記は 2通りの意味を持つため、混乱を招く恐れがある。
規格全体を「Power over Ethernet または PoE」と表記し、個別規格は規格名で記述した。また、車載規格の 802.3bu は PoDL と表記する。

クラス別電力

802.3af/802.3at 規格のクラス0/クラス3 の PD 消費電力を 12.95ワット、802.3bt では同クラスの PD 消費電力を 13ワットとした。規格制定当時の値に従ったものだが、両者の違いは対象撚対線の変更による抵抗値が変わったことと、給電電圧の変更が影響している。詳細は、本文中で説明したい。

参考文献

IEEE 規格以外に下記文献を参考資料として活用させていただいた。

  • PowerDesine: All You Need To Know About Power over Ethernet(PoE) and the IEEE 802.3af Standard / Galit Mendelson
  • Ethernet alliance: Overview of 802.3bt – Power over Ethernet standard / Lennart Yseboodt , David Abramson
  • Ethernet alliance: Overview of 802.3bt Power over Ethernet with Dual-Signature PDs / Yair Darshan , Dylan Walker
  • Investigations of the thermal impact of remote powering over generic cabling : Alan Flatman, Mike Gilmore, Arne Keller

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。