PoE 接続手順
無条件に撚対線経由での給電は危険だ。 PoE 未対応機器が損傷する可能性があり、適切な手順を実行する必要がある。「図1 PoE 接続手順」は、PoE 接続の基本的な手順だ。PoE 接続手順は PSE(給電装置)が次のような順序で行う。この基本的な手順は、802.3af/802.3at/802.3bt と共通だ。
2地点の電圧/電流値から抵抗値(抵抗勾配)を算出し、 802.3bt に適合する有効な PD(受電装置)を検出する。PD 検出は従来規格(802.3af/802.3at)と互換性があり、変更等はない。802.3bt では、新たに Detection 期間の前後または同時に「シングルシグネチャ」と「デュアルシグネチャ」の判別を行う機能が追加された。
PD の消費電力クラスを選択する。従来規格ではオプションだった Classification は実装が「必須」に変わり、デフォルトの「クラス 0」は廃止された。判別クラスは 1~8 に拡大し、Classification 回数が増えた。Classification 期間で「Short MPS」判定が追加されている。Short MPS は後程説明する。
一定時間内に所定の起動電圧を印加する
PSE は PD に 50Vdc レベルの給電を継続して行う。つまり動作状態になる。Power on の初期段階で「Autoclass」判定が追加された。Autoclass は後程説明する。
リンクが切断されると給電を停止する。給電を停止後、即座にこの接続手順サイクルを再開し、「1. Detection & Connection Check(検出)」に戻る。
電力超過、ショートによる過電流や電力クラスの超過等で、接続手順を中断し「1. Detection & Connection Check(検出)」に戻ることがある。
PSE(給電装置)は PoE 給電の前処理としてプローブ信号を生成し、PD 検出・シングルシグネチャ/デュアルシグネチャ判定や電力クラス分類を行う。検出方法は所定の電圧(または電流)を一定期間かけ、電流(または電圧)測定を行う。「図1 PoE 接続手順」は処理の流れ、「図2 PoE 接続手順とプローブ信号」は、プローブ信号電圧と電流の一連動作だ。

802.3bt は「1. Detection & Connection Check(検出)」でシングルシグネチャ/デュアルシグネチャ判別を追加しているが、PD の検出方法に変更はない。また、新たなタイプとクラスを追加したため「2. Classification(分類)」を変更し、オプションから必須要件に変わった。給電関係は、新たな機能として「Autoclass」と「Short MPS」を追加している。
Detection & Connection Check(検出)
PD 給電前に、 802.3bt との適合確認とシングルシグネチャ/デュアルシグネチャの判定が必要だ。この手順を「Detection & Connection Check」と呼ぶ。具体的には PD に 25KΩのシグネチャ抵抗器(図3 PD 回路例)が接続されていることを確認することになる。Detection 動作は従来規格の 802.3af/802.3at と同じだ。
「図4 PoE 接続手順とプローブ信号」の Detection & Connection Check 期間のように、2.8V~10V の範囲で 2地点間の電圧と電流を測定し、抵抗値(抵抗勾配)を計算する。PD での 25KΩ シグネチャ抵抗値は誤差等を考慮し 23.75KΩ~26.25KΩ を適正範囲としている。(図5 802.3bt シグネチャ抵抗範囲 PD:上段)。 抵抗誤差は ±5% 程度の精度で、特別高精度な抵抗ではない。 PD では 23.75KΩ~26.25KΩ の範囲外は不適切なシグネチャ抵抗値になる。PoE 非対応の NIC(Network Interface Card)などの Ethernet インタフェースのインピーダンスは 150Ω で、明らかに規格の範囲外になり容易に PoE 非対応機器を識別することができる。
PSE から見ると、シグネチャ抵抗器までの経路に撚対線、RJ45 コネクタやダイオードブリッジがあり、誤差が積み上がる。この誤差を考慮し、PSE では 19KΩ~26.5KΩ の範囲を適正なシグネチャ抵抗器として認識することが推奨されている(図5 802.3bt シグネチャ抵抗範囲 PSE:下段)。 33KΩ以上と15KΩ 以下は明らかに誤差範囲を超えるため、シグネチャ抵抗器として認識せず排除されることになる。
PSE 側の15kΩ~19kΩ と 26.5kΩ~33kΩの範囲はグレーゾーンで、 PSE 機器により異なるため、機器ベンダー(実際は半導体ベンダー)に判断が任されている領域だ。例えば、アナログデバイス社の LTC4263 は 17kΩ~29.7kΩ を適合範囲としている。
PSE による PD に実装したシグネチャ抵抗値検出は、2地点の電圧/電流を測定し 2地点間の抵抗勾配で評価を行う方式だ(図6 2地点検出)。 PSE とシグネチャ抵抗の間には、撚対線、RJ45 コネクタとダイオードブリッジがあり、電圧が降下(オフセット)する。しかも、降下電圧は機器ごとに異なるため、抵抗の絶対値を規定することができない。電圧オフセットは PSE で 2ボルト以内と決められてはいるが、1地点での抵抗測定ではこの電圧降下の影響を排除できないため、2地点間の抵抗勾配で検出する方式になった。PSE の電圧/電流測定は、電圧をかけ電流を測定することも、電流を流し電圧を測定することもできる。2地点測定ポイントは 1ボルト以上離れている必要があり、 2.8ボルトから 10ボルトの範囲でなければならない。抵抗勾配の計算式は下記計算式を使用する。
抵抗勾配:Rdetect = $\frac{V1 – V2}{I1 – I2}$
「図7 2地点計測オフセット電圧」は、2地点で電流を流し電圧を測定した例だ。シグネチャ抵抗値が 25kΩで、オフセット電圧が 0ボルトと 2ボルトの例で、抵抗勾配とオフセット電圧の計算式は下記の通りだ。
抵抗勾配:Rdetect = $\frac{V1 – V2}{I1 – I2}$
オフセット電圧:Voffset = $\frac{V2 × I1 – V1×I2}{I1 – I2}$
「図7 2地点計測オフセット電圧」の例では、青線はシグネチャ抵抗が 25kΩでオフセット電圧が 0ボルトのケース、橙実線はシグネチャ抵抗が 25kΩで地点1と地点2の電圧/電流測定値が、地点1(4.5V、180µA)/地点2(8.5V、255µA)のケースだ。橙線のオフセット電圧は 2ボルトになる。
「図8 シグネチャ抵抗認識範囲」は、オフセット電圧が 2ボルトで PSE のシグネチャ抵抗の許容範囲が 19kΩ~26.5kΩの場合の認識領域だ。橙線の範囲ならば、802.3bt に適合するシグネチャ抵抗として認識する。オフセット電圧が小さくなるとこの領域は左にシフトし、シグネチャ抵抗の許容範囲が広がればこの 3角のエリアは拡大する。
従来規格(802.3af/at)には無かったシングルシグネチャ PD/デュアルシグネチャ PD が、802.3bt では登場する。シングルシグネチャ PD は、「図9 シングルシグネチャ PD」の様に、Mode A/B がダイオードブリッジを経由して、同じ電源ラインに接続される。Detection と Classification 機構は 1つしかなく、Mode A/B どちらから見ても同じだ。この構造は、従来規格(802.3af/at)と変わらない。従来規格では異なる PSE のアクセスからの競合を回避するために「ミッドスパンバックオフ機能」を実装していた。802.3bt では 1つの PSE が 2ペアセット(4ペア)を制御し処理の同期が取れるため、このような排他機構は本来必要ない。PSE が正しい手順で Detection / Classification を実行すれば問題はない。しかし、この手順等は 802.3bt 規格では特に規定はなく、実装者に任されている。

デュアルシグネチャ PD には 2つの独立した Detection と Classification がある。シングルシグネチャとのもう一つの違いは「負荷」の数だ。「図10 デュアルシグネチャ 単一負荷 PD」の様に負荷を統合することも、「図11 デュアルシグネチャ デュアル負荷 PD」の様に分離することもできる。「デュアル負荷」のメリットは、電源投入タイミングの自由度が高いことと、電源の冗長構成が可能になることだ。「デュアル負荷」には次のような用途が考えられる。
- Mode A/B で異なる電力クラスを要求:電力構成の選択幅が広くなる
- Mode A/B で同じ電力クラスを要求:電源の冗長構成が可能になる

デュアルシグネチャ構成は、約 2倍のコストアップを招きメリットは少ない。この機能をサポートするデバイスメーカでも否定的な意見が多い。推測するに、802.3at 規格のあいまいさと派生規格の影響で「図11 デュアルシグネチャ デュアル負荷 PD」構造の機器が流通したことへの救済策ではないだろうか?

PSE が 2つのペアセット(4ペア)への給電開始前に、PD が 2ペアセット給電を受け入れられるかを判断するプロセスがある。これを「Connection Check」と呼ぶ。「図12 4ペア給電判断フロー」はこの決定フローだ。2つのペアセットで有効な Detection が得られることが前提条件だが、シングルシグネチャ PD は常に 4ペア給電を受けることができる。デュアルシグネチャでは追加のチェックが必要になる。各方式のクラス別給電は「表1 クラス別給電」を参照いただきたい。
