情報ネットワークは、一部の例外を除けばWiFiを含むイーサネットとTCP/IPプロトコルで構成されている。イーサネットは登場してからすでに50年近くが経過し、この間、様々な競合規格が登場した。イーサネットは競合の挑戦を退け主役の座を守り続けるだけではなく、オフィス・ネットワークはもちろん、通信キャリアのコア網や長距離伝送までもイーサネットに置き換えてきた。私たちを取り巻く通信は、今や携帯電話のモバイル網(4G/5G)とイーサネットで出来上がっているとも言える。
イーサネットは1980年2月に正式に規格化されて以来、従来の通信の常識であった「確実に一定時間内に相手に届く」機能を捨て、ある確率で相手に届く方式を採用した。この「確実に一定時間内に相手に届く機能」言い換えれば「リアルタイム性」を捨てることで、他の通信方式に比べ圧倒的な通信速度を常に実現し、競合規格に勝ち続けた。イーサネットの最初の通信速度は10Mbps(1秒間に10Mビット)だ。当時の一般的な通信速度は9.6Kbps(1秒間に9.6Kビット)だから、イーサネットは当時の常識の1000倍の性能を比較的低価格で提供していた。1000倍の速度差は魅力的でEWS(エンジニアリングワークステーション)やPCの普及もあり、オフィス内の通信網はイーサネットに急速に置き換わっていった。その後も互換性を維持しつつ、10Mbps→ 100Mbps→ 1Gbps→ 10Gbps→ 100Gbps→ 400Gbps→1Tbps と性能を上げ、競合に勝ち続けた。
2000年頃にはオフィス内のネットワーク(LAN)をほぼ独占し、2010年から2015年頃には通信回線のアクセス網(足回り)とコア網の主役になっていく。2010年以降は、これまで主役になれなかった「制御ネットワーク」分野への挑戦が始まった。イーサネットの歴史は図1を参照いただきたい。
「制御ネットワーク」の主な領域は車載ネットワーク(自動車内部の通信網)とIoT関連の物流や工場の自動化ネットワーク分野だ。これまで、イーサネットがこの分野で主役になれなかった一番の要因は「リアルタイム性の欠如」だ。

イーサネットの勝因
イーサネットは、40年以上に渡り競合規格の挑戦を退けてきた。競合規格の代表は「Token Ring」と「100VG-Any LAN」だ。いずれの規格も、イーサネット最大の弱点である「リアルタイム性の欠如」を突く作戦だった。これに対し、イーサネットの戦略は次の3点だった。
- 下位規格との互換性(当時は10Mbpsと100Mbpsの互換性)
- 常に最高のコストパフォーマンスを実現(誰よりも早く伝送速度を上げる)
- 上位プロトコル(TCP/IP)との親和性
イーサネットが最高のパフォーマンスを誰よりも早く実現するためにとった方策は、新しい技術を開発するのではなく、既存技術の徹底した活用だ。この方針は今も変わらない。
イーサネットの戦略は、欠点である「リアルタイム性の欠如」を改善するのではなく、基本方針を変えず、上記の強みを維持する作戦だった。結果的には、挑戦を挑んだToken Ring/100VG-Any LAN は敗退した。2つの挑戦者が敗退した理由の一つに「中途半端なリアルタイム性」がある。
モーション制御等で本当に必要なリアルタイム性は、決められた時間内で確実に処理が完了し、かつ一定のサイクルで繰り返すことができる「ハード・リアルタイム」(図2 参照)だ。しかし、 Token Ring/100VG-Any LANは、いずれもハード・リアルタイムを実現できなかった。ノード(PC等の端末類)の数やフレームサイズの変動により、処理時間もサイクルタイムも変動するからだ(図3 参照)。また、当時の主戦場であったオフィス内LANでは、リアルタイム性よりも既存の10Mbpsイーサネットとの互換性や、処理速度が重視されたことも影響した。


Token Ring/100VG-Any LANの送信時間と処理サイクルは、接続したノード数や各ノードが送信するフレーム長により変動する。自分自身の送信時間や送信サイクルの「最悪ケース」は計算できるが、最小時間と最大時間の差が大きく、使い勝手が良くない。
工場・物流現場のネットワークの現状
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2.既存のネットワーク技術
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情報ネットワークは、一部の例外を除けばWiFiを含むイーサネットとTCP/IPプロトコルで構成されている。イーサネットは登場してからすでに50年近くが経過し、この間、様々な競合規格が登場した。イーサネットは競合の挑戦を退 […] -
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障害検知 主な障害検知は2種類だ。1つは隣接するノードとのリンク切断(Link off)、もう一つはビーコン・フレームのタイムアウトだ。図1 はリンク切断のケースで、この例では、Node-3 とNode-4 の間が切断さ […] -
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