EtherCAT
EtherCAT (CAT:Control Automation Technology)は、ドイツのベッコフオートメーション(Beckhoff Automation)が開発し、ETG(EtherCAT Technology Group)によって規格等が管理されているオープンな産業用イーサネットだ。トヨタが採用との報道があり、最近注目されている。EtherCAT は、イーサネットの物理層と第2層(リンク層)のフレーム構造は互換性があるが、標準イーサネットとは考え方が異なる通信方式だ。「ハードリアルタイム」を実現できる高速かつ低遅延で高効率の通信が特徴だ。最大で65,535台のノードと接続することができる。
EtherCATは、従来型イーサネットのようなフレーム衝突やフレーム廃棄がなく、TCP/IPのようなハンドシェイクもない。オーバーヘッドがなく帯域利用効率も高い。また、EtherCATのフレームフォーマットは基本的にイーサネットのMACフレームではあるが、あらかじめ各スレーブに領域が割り当てられている。マスタから送信されるフレームは、全てのスレーブを通過し、最後にマスタに戻る。フレームを受信したスレーブは、自分自身に割り当てられ領域を読み書きし、次段に渡す。従来型イーサネットのスイッチでは、フレームを全て受信しその後送信する「Store & Forward」が一般的だが、EtherCATはフレームの受信・内部処理と送信を同時に行う「On The Fly」方式だ。スレーブ内部の遅延が小さく「ハードリアルタイム」に適した方式だ。On The Fly 方式のフレームの動きは、Cut Through 方式と同じ考え方だ。データの読み書きタイミングが異なる。
参考
Section I – Technology (beckhoff.com)
6万人のメイドが“合体”!? EtherCATの通信方式:江端さんのDIY奮闘記 EtherCATでホームセキュリティシステムを作る(5)(3/8 ページ) – EE Times Japan (itmedia.co.jp)
Microsoft PowerPoint – EtherCAT Communication_070531.ppt (elmomc.com)
従来のRS485ベースのフィールドバスでは、ソフトウェアによるプロトコル処理時間を含めポーリングサイクルは決して早くない。EtherCATでは、100ノードを巡回しI/Oを更新する時間は30マイクロ秒足らずだ。
EtherCATのネットワークトポロジーはデイジーチェーンによるライン型が基本構成であるが、スター型・リング型も可能だ。通信経路障害やスレーブ障害によるネットワーク全体のダウンを防止するため、リング型による2重化もできる。「ハードリアルタイム」と「冗長性」を両立できる

従来型イーサネットのフレーム構造・物理層との互換性を持つ EtherCAT には次のようなメリットがある。
- マスタには一般的なイーサネット機器を使用できる(マスタには EtherCAT 特有の機能が必要ない構成になっている)
- ケーブル 等のネットワーク構成機器の共用化が可能
- 標準規格によるマルチベンダー環境提供によるオープン化が可能
マスタには汎用イーサネット技術が転用できるが、スレーブは専用 LSI で構成するため、最新のイーサネット技術の転用には時間がかかる点は注意が必要だ。次の2点はいくらか疑問も残る。
- イーサネット技術進化への追従により最新技術を活用できる?
- イーサネット技術進化による帯域増(伝送速度アップ)によりアプリケーションやシステム構成の柔軟性や拡張性が生まれる?
EtherCAT の従来イーサネットとの互換性は表1 、工場や物流現場での EtherCAT の位置付けは、図2 を参照いただきたい。フレーム構造と物理層の互換性を保ちながら、強力な「ハードリアルタイム性」を狙ったネットワークだ。従来型イーサネット網との折り合いをつけるため、イーサネット網を UDP/IP で通過するオプションを用意している。
項目 | 概要 | 従来型イーサネット 互換性 | 備考 |
---|---|---|---|
通信種類 | 100BASE-TX/100BASE-FX | △ | 100Mbps/全2重のみ |
通信速度 | 100Mbps | △ | 100Mbps のみ |
最大通信距離 | ノード間100m~20km | 〇 | STP:100m マルチモード光ファイバ:2km シングルモード光ファイバ:20km |
トポロジ | ライン/スター/リング | △ | メッシュ構造はサポートしない |
最大接続台数 | 65,535 | △ | イーサネットは無制限 |
ケーブル仕様 | STP(CAT5/6/7)/光ファイバ | △ | イーサネットはUTP |

図3 はEtherCAT の OSI 階層モデルだ。第2層と第1層のPHY を一体化した専用 LSI (ESC:EtherCAT Slave Controller)が提供されている。PHY の仕様は標準イーサネットと変わりないが、第2層のフレーム形式は同じだが制御方式は異なる。パルストランスとコネクタは共通だ。ケーブルは注意が必要だ。標準イーサネットのケーブルはUTP(シールドなし撚り対線)だが、EtherCAT はSTP(シールド付き撚り対線)だ。第3層から第6層までは規格上は明確には定義されていない。

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