高周波基板設計の基礎(4)電磁波ノイズ発生の仕組み 「ノーマルモード/コモンモード」

ノーマルモード/コモンモード

基本的な動作としては、デジタル IC で発生したノイズは、伝送路を通りアンテナから放射される。しかし、実際のノイズ対策では、ノイズ発生源が伝送路を介して直接アンテナに繋がることは稀だ。「ノーマルモード」で発生したノイズは「コモンモード」に変換され、機器の GND を経由して伝播し、ケーブルや筐体がアンテナになり外部に放射される。つまり、伝送路の中で「ノーマルモード」から「コモンモード」への変換の仕組みを知る必要がある( 「図1 ノーマルモード⇔コモンモード」 )。ここまでは、ノーマルモードを前提に話を進めてきたが、放射エミッションで大きな影響があるのは「コモンモード」だ。

ノイズの放射では、伝送路で「ノーマルモード」が「コモンモード」に変換される。ノイズを受信する場合(放射イミュニティ)では、逆に「コモンモード」が「ノーマルモード」に変換され、回路動作に障害を起こす。

図1 ノーマルモード⇔コモンモード
図1 ノーマルモード⇔コモンモード

信号源から負荷に信号が伝わると、通常は Inor (ノーマル電流)が負荷に流れ、同等の電流 –Inor (ノーマル電流)が帰線を経由し信号源に戻る( 「図2 ノーマルモード/コモンモード電流青線 )。この場合は、同等の電流が逆向きに近接して流れるため、発生する電磁界は打ち消しあい、ノイズは発生しない。

図2 ノーマルモード/コモンモード電流赤線のように、2本の信号線に同じ方向に電流が流れ、筐体・ケーブル・金属部等を経由し信号源に戻ると「コモンモード」になる。コモンモードでは、信号が同一方向に流れるため打ち消しあうことはなく加算されるため、ノイズ源になる。コモンモード電流は信号源からの電流が全て流れるのではなく、僅かな電流であってもノイズ源になる。原因は、電流が大きなループを作り、ループアンテナを構成するためだ。

図2 ノーマルモード/コモンモード電流
図2 ノーマルモード/コモンモード電流

最近の高速デジタル半導体は高次の高周波を持ち、電源や GND に流れ込む。電源や GND に流れ込んだ高周波ノイズは、プリント基板のパターン、ケーブルや筐体に漏れ「コモンモード」電流を発しさせる。

ノーマルモード

ノイズ発生源で電圧変化に応じ発生したノイズは、ケーブルを伝わり負荷につながる。「図3 ノーマルモードの電流」のように、往復する電流が作る電磁界は、逆方向に同じ電流が流れるため相殺される。負荷側では2本の配線間隔が広がり、配線がループアンテナを構成しノイズが放射される。コネクタ付近では、2本の線(信号線と帰線)が離れないパターンを作る必要がある。

この部分の放射を減らすためには、ループアンテナの面積を減らせばノイズを減らすことができる。更に、ノイズを減らす場合はツイストペア線(撚対線)を使用するかシールド線を使用する方法もある。一般的にパラレルインタフェースは、信号線とリターン線(帰線:GND)がペアになっていて、ループを最小化できる配置になっている。

図3 ノーマルモードの電流
図3 ノーマルモードの電流

コモンモード

図3 ノーマルモードの電流」のように電流が逆方向に流れ相殺(減算)されるのではなく、「図4 コモンモードの電流」のように同じ方向に流れると相殺することはなく、強め合う(加算)方向に働く。同じ方向に電流が流れる「コモンモード」は、逆方向に流れる「ノーマルモード」に比べはるかに強い電波を放射する。

「コモンモード」電流は「図4 コモンモードの電流」のように、浮遊静電容量を介して GND に繋がり流れることになる。低周波ではキャパシタのインピーダンスが高く大きな電流は流れない。しかし、高周波ではインピーダンスが下がり電流が流れる。高周波ほど放射が強くなる。

図4 コモンモードの電流
図4 コモンモードの電流

差動信号は、2本の信号のバランスが崩れると、崩れた部分がコモンモードになり、同じ方向に電流が流れる。次のようなバランスを崩す要因がある( 「図5 コモンモードの要因」 )。

  • 立上り/立下りタイミングのずれや、立上り/立下り時間のズレ
  • 振幅のズレ
  • 外部からのコモンモードノイズの侵入

信号波形のバランス崩れは、ドライバ/レシーバ IC によるものと、配線長の違いや配線の曲がりなどのプリント基板配線によるものと、終端抵抗などの C/R 部品のバラツキもある。外部からのコモンモードノイズの進入は、「1」 「0」の論理判断には影響しないが、コモンモード電流によるノイズ放射の原因になる。

図5 コモンモードの要因
図5 コモンモードの要因

DC 結合方式の USB/HDMI と AC 結合方式の Ethernet ではコモンモードノイズ発生の状況が異なる。DC 結合では信号線と帰線(GND)で打ち消しあうが、AC 結合では帰線(GND)が無いため打ち消すことができない。Ethernet のコモンモードノイズは大きな影響がある。

図6 USB/Ethernet の違い
図6 USB/Ethernet の違い

RS485 や汎用 Ethernet(パルストランス)では差動信号のバランスが乱れる。全周波数帯域でバランス(平衡)を維持するためにコモンモードチョークコイル(CMCC) は不可欠だ。CMCC は可能な限りケーブルやコネクタの近くに配置し、バランスが崩れる要因を抑える必要がある( 「図7 CMCC 効果」 )。

図7 CMCC 効果
図7 CMCC 効果

Texas Instruments 社の 1000BASE-T1 PHY(DP83TG720)の推奨回路には、 CMCCが使われている( 「図8 DP83TG720 回路例」 )。

図8 DP83TG720 回路例
図8 DP83TG720 回路例

コモンモードチョークコイル(CMCC)は、コアに各差動信号線を逆巻にすることで、ノーマルモードの差動信号は相殺しそのまま通過する。コモンモードでは、同相信号を打ち消すことで、影響を無くす働きをする。コモンモードチョークコイルのアンバランスは事態を悪化させることになる。

コモンモードチョークコイル(CMCC)は、共通コアに 2本の線を反対向きに巻く。差動信号を入力すると、 2つの線に流れる電流で生成された磁束は、相互にキャンセルし差動信号に影響を与えない( 「図9 コモンモードチョークコイル」ノーマルモード入力)。

同相信号(コモンモード)信号が入力すると、 2つの線に流れる電流で生成される磁束は、同方向で強め合いインダクタンスとして働く。このため、コモンモード信号は打ち消される( 「図9 コモンモードチョークコイル」コモンモード入力)。

図9 コモンモードチョークコイル
図9 コモンモードチョークコイル

この機能により、差動信号に影響を与えずに、コモンモードのみを効果的に減衰させることができる。コモンモードチョークコイルの 2本の線の長さや巻に差があると、電流バランスが崩れ逆にコモンモードノイズを生成することになる。部品選びには注意が必要だ。

撚対線(ツイストペア線)は、2本の信号線を捩じることで外部ノイズの影響を低減させることができる。差動信号の場合、送信側は 2本の信号線に逆位相の信号を送り、受信側は 2本の信号線の差分から元の信号(情報)を得ることができる。外部ノイズを受信すると、ノイズによる電磁場により信号が乱れる。 2本の信号線に同等の影響があるが、差動信号では受信側が 2本の信号線の差分を取るため、打ち消しあい論理的な影響がなくなる。しかし、ノイズ源に近い信号線がより強い影響を受けると、バランスが崩れることがある。

この問題への対処として撚対線を使用することがある。配線を撚り合わせることで、ノイズ源に近い配線が入れ替わることで、 2本の信号線の影響を均一にし、ノイズを打ち消しあい、ケーブルからの電磁放射波を減少させることができる( 「図10 撚対線」 )。

図10 撚対線
図10 撚対線

プリント板

同様に、プリント基板上の回路では、「図11 回路上のループアンテナ」のようにループアンテナを構成しノイズを放射するが、内層 GND を使用すれば、ループアンテナの面積をかなり小さくできる。つまり、多層板では「コモンモード」のノイズ発生を抑えることは比較的容易だ。多層板では、信号層と GND 層が近接しているためループ面積は小さくなる。両面基板では、信号線と GND 線(帰線)が離れる傾向にあり、ループが大きくなる。

図11 回路上のループアンテナ

GND スタブパターンが左右に付いた場合は、このスタブがダイポールアンテナとして働き、強い電磁波を発生することがある。もちろん、意図してスタブパターンを作ることはないが、未実装 IC の GND パターンや、配置上の都合やビア(スルーホール)の配置により内層 GND に隘路ができた場合がこれに相当する。

アンテナに流れる電流は、信号電流の一部がケーブル、筐体や他のパターンに浮遊静電容量を介して流れる成分になる。このように本来の経路を外れて流れるとコモンモードノイズになる( 「図12 電流によるコモンモードノイズ発生」 )。

図12 電流によるコモンモードノイズ発生
図12 電流によるコモンモードノイズ発生

ノイズ源に2本の平行導体がつながると、導体の長さが等しい部分はノイズの伝送路になる。2つの導体は線間の浮遊容量 C1 でつながり電流が流れる。この電流は打ち消しあいノーマルモードになるため、放射はごく僅かになる。ループアンテナも同時に構成されるが、線間を狭くすれば大きな影響はない。

片方の導体が長くなると、ノイズ減の半分の電圧がかかりダイポールアンテナになる。アンテナに流れる電流は C2 を介して流れる。ここがコモンモードノイズになる( 「図13 電流によるコモンモードノイズ発生」 )。

図13 電流によるコモンモードノイズ発生
図13 電流によるコモンモードノイズ発生

信号線と帰線が近接すれば「ノーマルモード」になるが、遠ざかると「コモンモード」になる。コモンモーになると、近くにダイポールアンテナがあると放射する。信号線と帰線のループがループアンテナを構成することもある( 「図14 ノーマルモード/コモンモード」 )。

図14 ノーマルモード/コモンモード
図14 ノーマルモード/コモンモード

ドライバが駆動した信号電流はレシーバに流れるが、途中経路で GND と浮遊容量で結合し様々な場所で GND を経由しドライバや電源入力カ所に戻る。途中経路の帰還電流は信号線の近傍を流れ、ノーマルモードの電流となる。実際の帰還電流は直線ではなく、一定の幅を持つことになる。レシーバに流れた電流はインピーダンスの低い経路を通り、ドライバや電源入力に戻る。信号線が大きく迂回すると、信号電流と帰還電流の経路が異なり、コモンモードになる( 「図15 信号電流と帰還電流」 )。

図15 信号電流と帰還電流
図15 信号電流と帰還電流

コモンモードノイズが発生し GND が Dirty Ground になると、接続したケーブルがアンテナになり電磁波を放射する。GND 自体が荒れているため、この状態での対策は難しい。次のような方策で、事前に対応する必要がある。

  • 内層 GND を平板状にしスタブを作らない(GND スリット、ビアでの GND 層分離)
  • 信号線が迂回すると帰線(GND)と離れ、GND の迂回と同じ状態になる
  • 信号線と GND を近づける
  • 半導体等への GND 線を短くする
  • フィルタで高周波成分をカットする
  • 差動信号インタフェースには、コモンモードチョークコイル(CMCC)等で対応する

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。