妨害波対策の基本的な考え方は、「上流工程」での対応を優先することだ。「下流工程」での対応は効果が少なく、対応コストと製造コストが高くなる傾向がある(図1 開発工程)。妨害波ノイズ対策は、プリント基板や筐体も「回路の一部」と考える必要がある。
EMI は、半導体デバイスなどの電子部品がノイズを放射し、外部の機器に影響を与えることだ。ノイズは電源ケーブルなどのケーブル類などによる伝搬と空間への放射がある。 EMI のノイズ放出は、「発生源」 「伝送路」 「アンテナ」の3つの要素で構成される。
主なノイズ発生源は半導体デバイスや発信器などの信号を駆動する部品だ。もう一つの発生源は、大電流でスイッチ動作を行う DC/DC コンバータ等のスイッチングデバイスだ。最も影響が大きいのはクロックドライバだ。同じ周期で変化を繰り返すため、細心の注意が必要だ。高速バスは、高い周波数成分を含む多数の高速デジタル信号が同時変化を起こすため、影響が大きい。DC/DC コンバータなどのスイッチングデバイスは、プリント基板パターンやリード線のインダクタンスの影響でリンギングが発生する。スイッチングノイズやリンギングががプリント基板の電源プレーンや GND プレーンに乗る(重なる)と全体に広がり、共振現象を起こす。
伝送路で問題になるのはインピーダンス不整合だ。不整合が起きると反射を繰り返し、共振を起こすこともある。共振が起きると振幅は最大になり影響が大きい。インピーダンス不整合で見落としがちなのが「帰線(リターン線)」だ。信号が通る「往路」だけではなく「復路の帰線 GND 」の確認が不可欠だ。
デバイスなどの発生源や伝送路による反射波で作られた EMI を空間に放射する導体がアンテナになる。例えば、プリント基板のパターンや装置内部ケーブルや板金部品(筐体を含む)がアンテナになる。
回路のノイズ対策は、「フィルタ」をノイズの伝送路に追加する手法が基本だ(図2 ノイズフィルタ)。フィルタは回路動作に必要な成分を通過させ、不要なノイズ成分を除去する働きがある。信号とノイズの切り分けは、一般的には「周波数」になる。デジタル回路のフィルタ接地箇所は、電源と信号の2カ所になる。
もう一つのノイズ対策手法に「シールド」がある。シールドは導電性のある金属板、金属箱や装置全体を覆う筐体になる。シールドは重量やコスト増を招くため、可能な限り回路上の「フィルタ」での対処が有利だ。シールドは次章(電磁波ノイズ対策・筐体)を参照いただきたい。
回路のノイズ対策「フィルタ」
主な周波数分離フィルタには、「ローパスフィルタ」 「ハイパスフィルタ」 「バンドパスフィルタ」がある。EMI フィルタは「ローパスフィルタ」が多い。フィルタのノイズ除去効果を「挿入損失」と呼び、負荷電圧の比を対数で表し dB と表示する。ノイズが 1/10 になると損失は 20dB になる。電力表現では、 1/10 で 10dB の損失になる(電力=V2/R )(図3 フィルタ効果)。
キャパシタを負荷に並列接続すると、ローパスフィルタになる。キャパシタは周波数が高くなるとインピーダンスが小さくなり、ノイズ電流をバイパスし負荷電圧は小さくなる。バイパス効果は、キャパシタのインピーダンスがノイズ発生源の出力インピーダンスや負荷インピーダンスより相対的に小さいときほど効果が大きい(図4 キャパシタ・ローパスフィルタ)。
ローパスフィルタ(キャパシタ)の周波数特性は、傾きが 20dB/10×周波数(周波数が 10倍になると 20dB 減衰)の直線になる。キャパシタによるローパスフィルタは、周波数が 10 倍になるとインピーダンスが 1/10 になり、挿入損失は 20dB になる(図5 キャパシタ・ローパスフィルタ周波数特性)。キャパシタのインピーダンスは静電容量に反比例する。静電容量が 10倍になるとインピーダンスは 1/10 になるり、挿入損失は 10倍(20dB)になる。
インダクタを負荷に直列接続すると、ローパスフィルタになる。インダクタは周波数が高くなるとインピーダンスが大きくなり、ノイズ電流が通りにくくなる。その結果、負荷電圧は小さくなる。インダクタがノイズの電流を絞る効果は、インダクタのインピーダンスがノイズ発生源の内部インピーダンスや負荷インピーダンスよりも相対的に大きいと効果を発揮する。つまり、インダクタはキャパシタとは逆に、周辺回路のインピーダンスが小さいとき有効だ(図6 インダクタ・ローパスフィルタ) 。
ローパスフィルタ(インダクタ)の周波数特性は、キャパシタと同様に、傾きが 20dB/10×周波数 の直線になる。インダクタのインピーダンスが周波数に比例し大きくなり、周波数が 10倍になるとインピーダンスも 10倍になり、挿入損失が 20dB 変化するためだ(図7 インダクタ・ローパスフィルタ周波数特性) 。
キャパシタとインダクタを組み合わせた「LC フィルタ」でノイズ除去等の周波数特性を改善できる。キャパシタ/インダクタを 1個使用すると、理論周波数特性は 20dB/10×周波数(周波数が 10倍になると 20dB 減衰) の減衰特性になる。キャパシタとインダクタを 1個ずつ使用する「L 型フィルタ」は、 40dB/10×周波数 に、合計 3個のキャパシタ/インダクタを使用する「T 型フィルタ」や「π 型フィルタ」では 60dB/10×周波数 の減衰特性になる(図8 フィルタ減衰特性)。

直列接続した抵抗のみ、インダクタのみの場合は、高インピーダンスになり、抑制する不要信号が低インピーダンスで有効だ。並列接続したキャパシタのみの場合は低インピーダンスになり、抑制する不要信号が高インピーダンスで有効だ。信号線に並列接続するキャパシタは、ノイズ除去の効果よりも信号を遅らせ回路動作を不安定化する。この手法は「魔法のコンデンサ」と私は呼んでいるが、魔法が融けることがありお薦めできない。
抵抗は、浮遊容量により高周波で効果がなくなる。インダクタも浮遊容量の影響を受け、自己共振を引き起こす。自己共振が起きると線路のインピーダンスが場所により変動し、インダクタの効果が制限される。閉じた磁気回路を持つフェライトビーズは、磁気飽和の影響を考慮する必要がある。キャパシタは、固有インダクタンスとリード・インダクタンスや配線インダクタンスの影響を受け、 自己共振を引き起こし高周波性能が制限される。
RC フィルタは共振を起こしにくく、動作を予測しやすい。RC フィルタは、大きい抵抗(1kΩ~10kΩ)と小さいキャパシタ( 10nF 以下)で構成し、信号源のインピーダンスが低く、直流や周波数の低い信号を高インピーダンス回路に入力する場合に有効だ。抵抗は信号源側に配置し、キャパシタは入力側に配置する。RC フィルタは低コストで大きな減衰を得ることができるが、高周波では信号の遅延時間が増大し使えない(低抵抗のダンピング抵抗は後ほど説明)。L 型フィルタ、T/π 型フィルタは抵抗を用いたフィルタよりも低い損失で高い減衰を得られるが、接続するインピーダンスに敏感で共振回路になる。
理論性能と実際のフィルターでは特性が異なる。デカップリングコンデンサを例に、理論性能と実動作の違いを説明する。デカップリングコンデンサは負荷に流入するノイズを取り除くことができ、負荷に届くノイズが減少する。デカップリングコンデンサのインピーダンスが小さいほど、ノイズ電流が流れやすく、負荷に流入するノイズは減少する。つまり、「挿入損失」が大きくなる(図10 デカップリングコンデンサ)。
実際のキャパシタのインピーダンスを測定すると、積層セラミックコンデンサの特性は V 字型の特性になる(図11 積層セラミックコンデンサ特性 赤線)。V 字型の左側では、キャパシタの理論値(青線)とほぼ一致し、この周波数領域では積層セラミックコンデンサは「静電容量素子」として機能している。V 字型の右側では、周波数と共にインピーダンスが増加する「インダクタ」の特性(緑線)になっている。つまり、V 字型の右側では、キャパシタではなく「インダクタ」として機能している。このインダクタンスはキャパシタが持つ ESL ( Equivalent Series L :等価直列インダクタンス) と呼ぶ。等価回路は「図12 ESL 等価回路」になる。
積層セラミックコンデンサの特性は V 字型の特性になり、V 字の中央で極小点になる。この現象をキャパシタの自己共振と呼び、「図13 自己共振」の C と ESLで直列共振が発生している。極小点の周波数は SRF( Self Resonant Frequency:自己共振周波数 )と呼ぶ。この周波数領域ではインピーダンスがキャパシタの理論値より小さくなる。極小点(自己共振周波数)では、理論上インピーダンスはゼロになるが、実際のキャパシタでは抵抗成分 ESR( Equivalent Series Resistance:等価直列抵抗)があり、ゼロにはならない(図14 ESL/ESR 等価回路)。
ESL と ESRが小さいほど理想的なキャパシタになる。また、極小点付近ではインピーダンスが低くなるため、挿入損失が大きくなる。