1000BASE-T
1000BASE-T 物理層
1000BASE-T は 8ビット幅を持ち 125MHz(8ナノ秒サイクル)で動作する GMII で上位層と繋がっている。つまり、1000BASE-T の物理層は、8ナノ秒ごとに 8ビットデータを送受信できなければならない。1対の撚対線で 125MHz で受信した 8ビットデータを送信するためには、8倍の周波数が必要になる。媒体上での周波数は 1GHz になり、カテゴリ 5UTP では対応できない。
そこで、4ペア全てを使用し 8ビット情報(256通り)を伝送する方法が検討された。8ビットを何らかの多値化シンボルに変換すれば 4対撚対線に乗せることができるが、最高周波数 100MHz のカテゴリ5 に収まる様に変換する必要がある。GMII から供給される8ビットデータは 256(= 28)通りの組み合わせがある。単純な1ペア当たりの 2値化では 4対撚対線で 16( = 24 )通りしか表現できない。 100BASE-TX の 3値変換を行う MLT3 でも 81( = 34 )通りだ。4値化では 256 ( = 44 )通りになり、8ビットデータをシンボル化できる。しかし、残念なことに 1000BASE-T も 100BASE-TX 同様に、フレーム開始・終了やギャップ期間のアイドルパターンが必要なため、4値化ではシンボル数が足りない。
5値化では 625 ( = 54)通りになり、8ビットデータの 256通りの組み合わせを十分カバーできる。冗長性を持たせデータ変換用に 512個(256 の2倍)を割り当てても 113個残る。この113個からフレーム開始などの制御コードに割り当てることができる(図1 参照)。

5値化したシンボルは [ -2, -1, 0, +1, +2] と表現するが、実際の撚対線上での電圧レベルは [ -1V, – 0.5V, 0V, +0.5V, +1V] になる。5値化により、各撚対線で最も高速な変化は 8ナノ秒で 1V→0V→1V→0V を繰り返す場合だ。つまり、最も早い繰り返し(最高周波数)は、16ナノ秒サイクルで 61.25MHz(61.25MHz=1/16 ナノ秒)になる。カテゴリ5 撚対線の最高周波数 100MHz の範囲内に収まる(表1)。

5値変換により 1クロックサイクル(8ナノ秒)で 8ビットデータを送受信できることが分かった。このシグナリング方式を 4D-PAM5(4 Dimension 5 level Pulse Amplitude Modulation)と呼ぶ。4対の撚対線を使い、各対に5値情報の信号を載せるという意味だ。
GMII で受信した 8ビットデータから 4D-PAM5 の信号を作り出すためには、8ビットデータを元に 5 値データ 4組で構成されるシンボルに変換する必要がある。この符号変換を 8B1Q4(8 Binary to 1 Quinary 4)と呼ぶ。8個の2進数から、5値( quinary)信号を4つ作るという意味だ。8B1Q4 と 4D- PAM5 は、後ほど説明する。
1000BASE-T の物理層は、PCS/PMA/PMD/AN/Auto MDIX の 5つの副層に分かれる。新たに Auto MDIX が追加された。AN(Auto Negotiation)は、リンク接続された機器間で最適な伝送速度等を初期設定する手順だ。具体的には、通信速度 10/100/1000Mbps の選択や、全2重/半2重通信などの選択を行う。Auto MDIX は送受信信号を入れ替え、機器間を全てストレートケーブルで接続するためのプロトコルだ。AN と Auto MDIX は後ほど解説の予定だ。
1000BASE-T 物理層副層の構造は、図2 を参照いただきたい。スクランブル、8B1Q4、4D-PAM5 は PCS 副層に相当する。最後の 5値信号変換は、PMD 副層に相当するが、様々なノイズ除去等を DSP(Digital Signal Processor)で処理を行うため、PMA副層 と PMD 副層の境界はかなり曖昧だ。実際の回路構成は図3 を参照いただきたい。


1000BASE-T では、様々なノイズ除去回路が新たに追加されている。図4 (a) のように、 100BASE-TX では、送信と受信信号は分離され、各々1対ずつしかない。受信信号の外乱要因は、送信信号の近端クロストーク(Near End Crosstalk)程度だった。しかし、1000BASE-TX では、他の 3ペアからの近端クロストークに加え、遠端クロストーク(Fae End Crosstalk)や、自分自身の反射 信号や近端クロストークもある(図6-5 (b))。これらを効率よく除去しない限り、微弱な受信信号を取り出すことができない。カテゴリ5UTP がカテゴリ5eUTP に改善されたのは、この辺りに理由がある。

8B1Q4/4D-PAM5
図5 は、8B1Q4/4D-PAM5 の全体動作概念図だ。GMII から受信した 8ビットデータは、スクランブラでデータがランダム化される。スクランブラは 100BASE-TX と同様にコネクタやケーブルから放射する電磁妨害波(EMI)を抑えるために実装された機能だ。スクランブラへの入力を平文ストリーム(Plaintext Stream)と呼ぶ。スクランブラは平文ストリームとキーストリーム(Key Stream)の演算を行い、暗号文ストリーム(Ciphertext Stream)を作る。演算は一般 的な EXOR(Exclusive or:排他的論理和)だ。キーストリームの生成には、LFSR(Linear Feedback Shift Register :線形フィードバックレジスタ)と呼ばれる仕組みを使用する。この辺りも 100BASE-TX と変わらない。

100BASE-TX のスクランブラは 11ビット長で繰り返しサイクルは 211 -1 (2,047)だったが、 1000BASE-T のスクランブラは 33ビット長で、繰り返しサイクルは 233-1(858,993,491)とかなり長い。巡回時間は 68.72 秒だ。
スクランブル後、8ビットデータの上位2ビット(b6、b7)から「畳み込み符号」と呼ばれる方法で冗長ビットを追加する。追加した冗長ビット(b8)で「偶数コード表」か「奇数コード表」を選択する。更に、選択した偶数/奇数コード表の中から、上位2ビット(b6、b7)で4つの「6ビット信号変換表」から1つの信号変換表を選択する。最後に、下位6ビット(b0~b5)で 4ペアのシンボルを選ぶ。
選択されたシンボルは、PMD 副層で電圧に変換され、撚対線に送信される。図5 の例では、 最初にシンボルとして[-2,0,+1,+1]が選択され、物理層には[-1V,0V,+0.5V,+0.5V]の4つの電圧 レベルを撚対線の各対に順次出力している。
スクランブラ
スクランブラの基本動作は 100BASE-TX と変わらない。違いは LFSR の長さと、クロックマスタとクロックスレーブで演算ポイントが異なることだ(図6)。「Master Scrambler」はクロックマスタが送信し、スレーブが解読する。「Slave Scrambler」はクロックスレーブが送信し、マスタが解読する。1対信号線で送信と受信が混在するため、生成コードは変わっているが動作原理は変わらない。LFSR の動作は、「100BASE-TX スクランブラ」を参照いただきたい。

1000BASE-T では、リンク接続されたノード間でクロック同期を取るために「クロックマスタ」の選択が必要になる。この機能は接続ノード間でクロック同期を取り、両者のクロック周期や位相ズレを無くすことが目的だ。1000BASE-T では、送信信号と受信信号を Hybrid 回路で分離合成する(図3 参照)。分離合成する際に送信と受信でクロック周波数や位相がズレていると分離できないためだ。クロックマスタの選択は、リンク確立時のオートネゴシエーションで決定する。

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