工場・物流現場のネットワークの技術(4)制御ネットワーク

情報ネットワークと制御ネットワークの違い

LAN等の情報ネットワークと制御ネットワークとの一番の違いは「リアルタイム性」だ。情報ネットワークでは、ファイルやプログラム、テキスト、画像音声などのマルチメディア情報などが伝送対象で、リアルタイム性(特にハード・リアルタイム)は求められない。これに対し制御ネットワークでは温度・圧力・流量などの計測データ、弁操作・モータ制御などの操作信号や接点などの開閉状態・開閉操作信号などのフィールド情報が対象だ。制御ネットワークでは、一定時間内での処理の完了が必要な「ハード・リアルタイム」が求められる。

制御ネットワークの変遷

アナログからデジタルに移行

初期の制御ネットワークは、様々なスイッチ、電磁開閉弁のオン/オフ信号やアナログ信号の配線がそれぞれ独自のインタフェースで接続されていた。様々な規格のアナログ信号とデジタル信号が混在していた。

制御PCなどの制御装置のデジタル化とデジタルのフィールドバス導入により、スイッチやセンサー類などの端末もデジタル化が進んだ。制御装置やフィールドバスを始めとする機器全体のデジタル化により、故障診断機能や自動調整機能などが可能になり、システム全体の高信頼化や保守性の改善も進んだ。

フィールドバスの規格化

フィールドバスに接続される機器はメーカも用途も異なり多種多様だが、接続する機器としてはフィールドバスの仕様がオープンで統一されているほうが好都合だ。また、フィールドバスを使ったシステムは社会インフラとして利用されることが多く、長期間使用されるため、古い機器と新しい機器が共存できなければならない。このような背景もありフィールドバスのオープン化(規格化)が必要になった。

フィールドバスのオープン化は1980年代初頭に、国際規格化の動きは1980年半ばから始まった。社会インフラの世界レベルでの地域性(北米、ヨーロッパ、アジア地域などにより事情が異なる)、社会インフラの領域(例えば、ビル管理、工作機械制御、物流機器制御など)の違いがあり、今のところ一本化や決定的な支配力を持つ規格への統合は起きていない。社会インフラなどの産業用設備が対象のフィールドバスは、設備と一体化し製品寿命が長いため世代交代が緩やかなことも、変化が起きにくく統合化のスピードが遅い要因の1つだ。

業種や地域による独自性があるとはいえ、1990年代に乱立したフィールドバスの規格は、次第に淘汰が進んだ。ケーブルコストや工事コストを削減するため、フィールドバスのベースとなる規格も、1対のケーブルでマルチドロップ接続ができるRS485に移行し、旧来のRS232CやRS422は衰退した。

オフィス内のLANは、2000年頃には下位層はイーサネット、上位層はTCP/IPプロトコルに集約した。フィールドバスの分野でも2010年頃から下位層をイーサネットに統一する動きが始まり、産業用イーサネットと呼ばれるEthernet/IP、PROFINET、EtherCATなどが幅広く使われるようになってきた。このイーサネット化の流れに対応し、下位層がRS485ベースのフィールドバスも、イーサネット対応仕様の公開を始めた。

情報ネットワークでは主役のイーサネットだが、リアルタイム処理(特に「ハード・リアルタイム」)が得意ではないため、初期の段階ではフィールドバス分野に進出できなかった。しかし、リアルタイム性を付加した産業用イーサネットの登場により、イーサネットはフィールドバス分野に進出し、2018年頃にはフィールドバスの過半のシェアを獲得するようになった。

しかしリアルタイム性を付加した産業用イーサネットは、一般的なイーサネットとの互換性に問題があり、情報ネットワークから制御ネットワークへのシームレスな運用に問題を残している。また、情報ネットワークのデファクトプロトコルのTCP/IPとの親和性が確保できないなどの問題も抱えている。

これらの問題を解決する可能性がある新しい規格が、2019年にIEEEで決まった。Ethernet-TSNTime Sensitive Networking)だ。Ethernet-TSNは従来のイーサネットが対応できなかった「ハード・リアルタイム」機能を持ち、得意ではなかった映像や音声などの「ストリーミング」の帯域と遅延を保証する機能も持った。もちろんこれらの時間や帯域に敏感なデータと従来のファイル転送やWebサイトのデータ転送(Best Effortと呼ばれる)との共存や混在も可能だ。今後Ethernet-TSNがフィールドバスの領域に大きな影響を与えそうだ。

制御ネットワークの市場動向

RS485ベースフィールドバス産業用Ethernet対応版
PROFIBUS DPPROFINET
Modbus-RTUModbus/TCP
CC-LinkCC-Link IE Field
CANopenEtherCAT
DeviceNetFL-net
表1 フィールドバスのイーサネット対応

制御ネットワークはアナログからデジタルに移行し、多種多様な独自規格が登場し徐々に集約し、フィールドバスとしてオープンな国際規格へと変化した。フィールドバスのベースとなる伝送規格も、RS232C/RS422からRS485へと変わった。イーサネットが上位の情報ネットワークの主役となったことで、新たに産業用イーサネットが登場した。RS485ベースのフィールドバスも、次々とイーサネットベースの仕様を発表し、多種多様な産業用イーサネットが市場に投入された(表1 参照)。

制御ネットワークの市場動向01
図1 制御ネットワークの市場動向
図2 制御ネットワークの市場動向 産業用イーサネットが急速に市場を奪い、従来型のRS485ベースのフィールドバスは劣勢だ。WiFi等の無線は、常に6%~7% の市場を確保し堅調だ。

制御ネットワークの市場動向を見てみよう。図1および図2 は、工場や物流現場などの「産業オートメーション」市場でのグローバルな新規設置ノード(端末等)数に基づく市場シェアデータだ。かつてはRS485ベースのフィールドバスが市場をほぼ独占していたが、産業用イーサネットが登場し、2014年にシェア約30%、2018年には50%を超え、昨年のシェアは65%に達した。産業用イーサネットがフィールドバスの市場を奪う傾向が続いている。これに対し、フィールドバスの新規設置ノードは28%と年々減少している。無線はWiFiとBluetoothを中心にシェアは7%と堅調に推移している。

産業用イーサネットは地域によりバラツキはあるが、全世界的にEthernet/IPPROFINETEtherCATが有力だ。

産業用イーサネットは、標準のイーサネットをそのまま利用したものと「リアルタイム性」を強化した規格に分かれる。この2つの流れを統合するEthernet-TSNTime Sensitive Network)の登場が今後の市場動向に大きな影響を与えそうだが、この市場データにはまだ見えてこない。

工場・物流現場のネットワークの現状

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。