EtherCATのフレーム構造
図1(A) に示すように、EtherCAT は標準イーサネットフレームを使用し、マスタは On The Fly 処理がないため、マスタ側のEtherCAT インタフェースは一般的なイーサネット・コントローラが使用できる。マスタ側に特別なハードウェアは必要ない。スレーブ側は、前述したように EtherCAT 専用のコントローラ(ESC)が必要だ。
EtherCAT を他のプロトコルと区別するために、上位プロトコルを示す「TYPE」は「0x88A4」が割り当てられている。オフィスネットワークのイーサネット上で他のプロトコル(例えば IP プロトコル)との混在が可能だ。図2で示すように、EtherCAT は TCP や IP プロトコル上で動作するのではなく、アプリケーションが第2層の ESC を直接制御する考え方だ。一般的なイーサネットでは IP パケットが入るところに EtherCAT データが入る(図1(B))。 EtherCAT データはヘッダとデータグラムで構成される(図1(C))。
EtherCAT はIEEE802.1Q VLAN タグを追加することも可能だ。しかし、スレーブの ESC は VLAN タグを受け付けるが処理はしないため 、VLAN ID や優先度は無視される(図1(D))。EtherCAT に IP プロトコルは必要ないが、UDP/IP にカプセル化することで、オフィスネットワークを通過することができる。UDP の宛先ポート番号が EtherCAT(0x88A4) のため、オフィスネットワークなどの標準イーサネットを「EtherCAT の経路」として使用することが狙いだ。この時、VLAN タグが付加されていると、通過するネットワークのポリシーに従い優先制御等が適用される(図1(E)、図1(F)) 。


参考 EtherCATフレーム詳細

領域 | データタイプ | 概要 |
---|---|---|
Len | 11 bit | Length:EtherCAT データグラム長(FCS を除く) |
R | 1 bit | Reserved:予約ビット(常に0) |
T | 4 bit | Type:プロトコルタイプ。ECS は EtherCAT コマンド(Type=0x1)のみサポート |
領域 | データタイプ | 概要 |
---|---|---|
Cmd | Byte | Command:EtherCATコマンドタイプ |
Idx | Byte | Index:重複または消失した Datagram の識別子。EtherCAT スレーブは変更できない |
Address | 4 Byte | Address:アドレス |
Len | 11 bit | Length:Datagram の長さ |
R | 3 bit | Reserved:予備(常に0) |
C | 1 bit | Circulating frame:循環フレームの有無 |
M | 1 bit | More datagrams:継続 Datagram の有無 |
IRQ | Word(2 Byte) | Event Request:全ての EtherCAT スレーブからのイベント要求 |
Data | n Byte | Read/Write データ |
WKC | Word(2 Byte) | ワーキングカウンタ |
EtherCAT 四方山話!?
EtherCAT は、正確なサイクル時間、極めて短い時間での全ノードの巡回、応答時間そのものの消滅、どれを取っても「革新的なアイデア」に満ち溢れている。イーサネットに長年携わってきたエンジニアには EtherCAT を発想することは容易ではない。図4 のように同じ回線を同じフレームが戻る仕組みや、独自のアドレス空間の設定などは、標準イーサネットからは大きく乖離した「別物」に近い。
EtherCAT の根幹である ESC は、イーサネット物理層(第1層)のEncoding/Decoding 方式や第2層のフレーム構造を流用している。しかし、制御方式は全くの独自方式だ。今後、 ESC 高速化には、標準イーサネットの転用は難しく、独自開発が必要になりそうだ。
100Mbps では、EtherCAT の処理性能は抜きん出ている。しかし、TSN を含む標準イーサネットの伝送速度が 1Gbps になると処理性能の優劣は逆転する。10Gbps ではその差はさらに広がる。今後の EtherCAT 高速版の動向を注視したい。

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