産業用イーサネット(2)EtherNet/IP Ⅰ

産業用イーサネットには2つのグループがある。一方は従来型イーサネットをそのまま採用しているグループ、他方は従来型イーサネット技術を利用しているが、完全な互換性がないグループだ。従来型イーサネットをそのまま使うグループの代表例は「EtherNet/IP」だ。EtherNet/IPはIEEE802で規定している第1層と第2層ともに互換性がある。上位層の TCP/IP と UDP/IP とも互換性がある。従来型イーサネットと完全な互換性がないグループの代表例は「EtherCAT」だ。EtherCATは第1層の互換性はあるが、第2層の互換性がない。当然だが、 TCP/IP や UDP/IP とも互換性がない。ただし、第2層や TCP/IP との互換性を持たせた機能も定義されている。EtherNet/IP と EtherCAT の中間に位置するのが 「PROFINET」 だ。PROFINET は、非リアルタイム/ソフト・リアルタイム/ハード・リアルタイムごとに異なる仕様を定義している。各方式のイメージは図1表1 参照。

2つのグループが生まれた背景は「リアルタイム性」だ。従来型イーサネットはリアルタイム処理が得意ではない。ソフトリアルタイム処理は実現できるが、一定時間内に確実にデータ伝送を完了したり、一定のサイクル時間で処理を行うハードリアルタイム処理には制限がある。一方、従来型イーサネットを採用すれば、上位の情報ネットワークとのシームレス化やTCP/IP上の様々なアプリケーションとの共存が可能になり利便性が上がる。

EtherNet/IPは従来型イーサネットとの互換性とそのメリットを優先し、「ハードリアルタイム性」は弱い。他方、EtherCATは逆に「ハードリアルタイム性」に強く、従来型イーサネットとの互換性に制限がある。PROFINET は全ての領域に対応しているが、用途により使い分ける必要がある。

産業用イーサネットカバー領域のイメージ
図1 産業用イーサネットカバー領域のイメージ
規格TCP/IP上の
アプリ互換
802.1
L2互換
802.1
L1互換
ソフト
リアルタイム
ハード
リアルタイム
Ethernet TSN
EtherNet/IP
PROFINET
EtherCAT
表1 産業用イーサネット比較
ハードリアルタイムの実現方法が異なる。Ethernet TSN とPROFINET は、時刻同期でハードリアルタイムが求められるデータと必要ではないデータの時間帯を分ける方法だ。Ethernet/IP は UDP 上のアプリケーションでハードリアルタイムを実現する。EtherCAT はフレーム構造と物理層は標準イーサネットと同じだが、他の制御方式とは異なる On The Fly 方式だ。On The Fly 方式は、1つのフレームが全ノードを巡回する方式で、高速でネットワーク負荷が低い方式だ。

EtherNet/IP

Ethernet/IP は、オフィスなどで一般的な従来型イーサネットと互換性のある産業用イーサネットだ。フレーム構造や物理層 LSI やコネクタ、ケーブルなどの物理層も共通だ。TCP/IP やUDP/IP とも互換性がある。ハードリアルタイム性は、 UDP 上のアプリケーション(CIP)で実現している。従来型イーサネットと互換性があり利便性が高い反面、従来型イーサネットの「弱点」も引き継いでいる。

従来型イーサネットとの互換性を持つ EtherNet/IP には次のようなメリットがある。

  • 上位の情報ネットワークを含むネットワーク全体のシームレス化と統合が可能
  • 制御シーケンス等と、一般的な TCP や UDP 上のアプリケーションとの共存
  • 情報ネットワーク上のPC等とのシームレスな通信が可能
  • ケーブル 等のネットワーク構成機器の共用化が可能
  • イーサネット技術進化への追従により、最新技術を活用できる
  • イーサネット技術進化による帯域増(伝送速度アップ)により、アプリケーションやシステム構成の柔軟性や拡張性が生まれる
  • 標準規格によるマルチベンダー環境提供によってオープン化が可能

EtherNet/IP の従来型イーサネットとの互換性は表2 、工場や物流現場での EtherNet/IP の位置付けは、図2 を参照いただきたい。従来型イーサネットとの完全な互換性を保ちながら、全領域でのシームレスな活用を狙ったネットワークだ。第1層~第4層までの互換性を維持し、上位層プロコルでリアルタイム性を強化している。

項目概要従来型イーサネット互換性備考
通信種類10BASE-T/100BASE-TX1000BASE-T サポートも可能
通信速度10/100Mbps10/100/1000Mbpsも可能
最大通信距離ノード間100m
トポロジスター/リング/ツリー/ラインリング構造の経路制御はSTP/RSTPではなく DLR
最大接続台数無制限
ケーブル仕様Cat5e/RJ45
表2 EtherNet/IP 下位層
図2 EtherNet-IP 適用領域
図2 EtherNet-IP適用領域 参考サイト「特徴を徹底解説!Ethernet/IPとは? | 組込み技術ラボ (macnica.co.jp)

EtherNet/IPは、従来型イーサネットを使用したオープンな産業用イーサネットだ。情報ネットワークのスタンダードであるイーサネットやTCP/IPとの互換性や共存を重視し、リアルタイム性を実現している。リアルタイム制御アプリケーションに必要な機能やサービス、設定情報等のデバイスプロファイルは、TCPまたはUDP上に構築されたCIP(産業用共通プロトコル:Common Industrial Protocol)が提供する。もちろんTCP や UDP 上に構築されたメールやファイル転送などのアプリケーションとCIPは共存し、同時に使用することができる。

CIPは元々は、 CompoNet/ControlNet/DeviceNet 用に作られたプロトコルで 、 CIP独自の通信を規定している(図3 枠内) 。CIP をTCP/IP の上位アプリケーションとして 適用することで EtherNet/IP を構成している(図3 枠内)。枠内はハードウェアで実現する領域だ。

EtherNet-IP 階層モデル
図3 EtherNet-IP 階層モデル

EtherNet/IP では、マスタ/スレーブの考え方はなく、コネクション(接続)開設要求をするオリジネータと要求されるターゲットで構成される。オリジネータ機能とターゲット機能を実装したデバイス間では、マルチキャストやユニキャスト通信ができる。つまり、システム内に複数のマスターを持つマルチ・マスタ構成の考え方だ。

EtherNet/IP では、マスタに相当する機能を「スキャナ」、スレーブに相当する機能を「アダプタ」と呼ぶ。かなり複雑な構成が構築できるが、マスタ/スレーブに近い、オリジネータ機能を持つスキャナとターゲット機能を持つ複数のアダプタの構成で説明を続けたい。図4参照

EtherNet-IP 簡易モデル
図4 EtherNet-IP 簡易モデル

Implicitメッセージ/Explicitメッセージ

EtherNet/IPの通信方式は、一定周期でデータ通信を行うサイクリック通信(Implicit)と、任意のタイミングでデータの送受信を行うメッセージ通信(Explicit)の2種類の方法がある。

Implicitメッセージは、リアルタイム情報が必要で周期性があり時間に厳しい用途で使用する。例えば、制御コマンドやセンサーの常時モニタリングなどだ。通信形態も、1:1のユニキャスト送信、1:Nのマルチキャスト送信(グループ内同報)、ブロードキャスト送信(全員同報)が可能だ。Implicitメッセージではノード間でコネクションを確立し、1つのノードで複数のコネクションを開くことができる。コネクションごとに通信周期を決めることもできる。一方、定期的にデータを送受信するためネットワークの負荷が高い。ネットワーク帯域や優先度を考慮し、負荷に合わせた通信周期の調整などが必要だ。

Explicitメッセージは、リアルタイム性のないBest Effort 通信を行う仕組みだ。例えば、装置の設定情報などの周期性がなく、必要なタイミングで不定期にデータを送受信する用途に使用する。サイクリックな通信ではなく任意のタイミングでのみ通信を行うメッセージ通信用で、1:1の通信だけができる。Implicitメッセージに対応していないデバイスとの通信にも使用する。優先度が低くネットワークへの負荷も高くない。

例えば、Explicit メッセージでスキャナーから全てのアダプタに対し、サイクリック通信のサイクル時間やデータ量をあらかじめ設定しておく。あらかじめ設定することで、アダプタは格納領域などのリソースを確保し準備が整う。

準備が整ったところで、Implicit メッセージで定期的なデータ配信や収集を行う。

図5 EtherNet-IP 構成
図5 EtherNet/IP 構成

図6 EtherNet/IP 階層モデル2に示すように、EtherNet/IPはイーサネット・フレーム/IPパケットを利用し、TCPまたはUDPで通信を行う。Implicitメッセージは UDP 、Explicitメッセージは TCPを 使用する。

Implicitメッセージで使用するUDPは一方的に送信を行い、到達を確認しない通信方式で本来は信頼性が低い通信方式だ。しかし、上位のCIPプロトコルで相手ノードへの到達確認等を行うことで、リアルタイム性を要求される Implicit メッセージ通信が可能になる。Implicit メッセージは、マルチキャスト/ブロードキャストで複数ノードへの同報通信ができる。しかし、同報通信は相手が複数であるため到達確認ができない。システム構築ではこの点を注意しなければならない。EtherNet/IP では、UDP ポート番号2222を使用する。

Explicit メッセージは TCP を使用する。TCP は相手ノードへの到達を確認する信頼性の高い通信方式だ。しかし、TCP は送信セグメントの消失や応答セグメントの消失により、到達が確認できないときの確認手段は「タイムアウト」以外にはなく、再送処理が遅くなる。タイムアウト時間は OS の種類や実装で様々だが、1回のタイムアウト時間は1~3秒だ。運悪く連続してタイムアウトが発生すると、タイムアウト時間は数10秒から200秒弱になる。緊急性の高い通信やサイクリックな通信には向かない。 EtherNet/IP では、TCP ポート番号 44818 を使用する。

EtherNet/IP 階層モデル2
図6 EtherNet/IP 階層モデル2

工場・物流現場のネットワークの現状

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。