イーサネットの物理層(5)物理層基礎技術 DC結合・AC結合

装置間、基板間や基板内回路の電気信号接続には2つの方法がある。直流成分を送ることができる「DC 結合」と、直流成分をカットして交流成分のみを送る「AC 結合」がある。直流成分の除去にはコンデンサやパルストランスを使用する(図1) 。通常は、直流成分をそのまま送れる DC 結合を使用するが、使用する上で2つの条件がある。例えば、デジタル回路で DC 結合を使用する場合、送信側と受信側の 1/0 の判定レベルが一致していることと、基準電位(GND)が一致していることだ。これらの条件が揃わないと、1/0 判定が送信側と受信側で異なり正しく送受信できないことがある。同じ基板内で TTL 半導体で全ての回路を設計する場合、基準電位(GND)と電源はすべて共通で電位差はほぼ無い。もちろん全て同種の半導体であれば、1/0 の判定レベルも一致している。このような状況で AC 結合を使用することはない。

図1 DC 結合と AC 結合
図1 DC 結合と AC 結合

しかし、基板間や装置間では状況が変わる。特に離れた場所にある装置間では、基準電位(GND)が一致している保証はない。このような場合に DC 結合を使用すると、デジタル信号の 1/0 判定を誤る可能性があるため AC 結合を使用する。AC 結合にはもう一つの利点がある。通信線に過大な電圧が印加されたときに、DC 結合では送受信用半導体が破壊する恐れがあるが、AC 結合では直流成分がカットされるためこのような事故を防ぐことができる。

AC 結合は、基準電位(GND)に差があっても問題なくデータを伝送できる。外部から伝送路に過大な電圧が印加されても故障する可能性が低い。直流成分を遮断するために部品追加が必要なこと以外は良いことずくめの様に見えるが、欠点もある。

AC 結合は直流成分をカットするため、「0」や「1」が連続すると直流成分としてカットされる。この連続する数(ランレングス)を制限する必要がある。また「0」と「1」の数の差が大きくなると、ベースラインがシフトし(ベースラインワンダー)、エラーの原因となる。ランレングスを制限し、「0」と「1」の数を一定範囲内、できれば 1対1 に揃える必要がある。

図2 は、ランレングスが制限を超え誤動作した例だ。青↑↓は、「1」や「0」の状態が長く続くと、直流成分をカットするために中性点に近づく。さらにランレングスが長くなると、1/0 の判定ができなくなる。「1」のレベルが中性点付近まで下がると、これに続く「0」はベースラインが下がり、次に登場する「1」はレベルが十分上がらず 1/0 判定で誤動作する。このような現象を DC baseline Wander / DC imbalance と呼び、エラーの連鎖を引き起こす要因になる。

図2 AC 結合の課題
図2 AC 結合の課題

もう一つの課題は、1回の送受信全体で見た場合、「1」と「0」の数量バランスが崩れると、ランレングス制限超過と同様に上下のベースラインがズレる。その結果、中性点がズレ 1/0 判定のマージンが少なくなり、誤動作につながる。

AC 結合には幾つかの利点があるが、次の点に留意して使用する必要がある。これらの注意点は、「埋込クロック同期」の注意点と同じだ。これらの問題を解決する手法としてマンチェスター符号や 8B10B 変換符号などの符号変換技術がある。符号変換方式は、イーサネット物理層により様々な方法がある。符号変換の詳細は後ほど解説の予定だ。

図3 は非同期/DC 結合の RS232C/UART と RS422/485 、図4 は埋込クロック同期/AC 結合の一般的なイーサネットと 10BASE-T1S/L の接続図だ。非同期/DC 結合方式は、クロック誤差と基準電位(GND)の不確かさのため、高速・長距離伝送に向かない。埋込クロック/AC 結合方式は、高速・長距離伝送に対応しかつ大きなデータを一括して送信することも可能だ。

図3 非同期/DC 結合
図3 非同期/DC 結合
図4 埋込クロック同期/AC 結合
図4 埋込クロック同期/AC 結合

最近規格化された 10BASE-T1S/L はコンデンサによる AC 結合、従来のイーサネットはパルストランスによる AC 結合を採用している(図4)。同等の機能を実現できるが、部品の信頼性・部品実装スペース・コストに差がある。パルストランスはコイル(電線)と金属のコア材でできているため温度変化などの環境条件や経年による劣化が少なく信頼性が高いが、実装スペースが大きくコスト高だ。片や、コンデンサは誘電材の劣化が考えられるが、実装スペースが小さくコストはかなり安い。10BASE-T1S は車載の CAN/Lin に対抗する規格として登場した背景もあり、コスト優先の仕様になっている。

AC 結合の留意点

  • ランレングス制限を守る(一定期間内でのデータの反転)
  • 「0」と「1」の数量バランスをとる。できれば 1対1
  • 媒体の許容周波数以下

イーサネットの物理層

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。