産業用イーサネット(6) EtherNet/IP Ⅴ DLR 動作概要

DLR 動作概要

DLR(Device Level Ring)は、 EtherNet/IP 用として2008年に公開された第2層で動作する冗長経路制御プロトコルだ。DLR は下位層のイーサネットや上位層の TCP/IP と互換性があり、様々な産業用イーサネットで使用でき、標準のイーサネットでも使用できる汎用性のあるプロトコルだ。

DLR の最大ノード数は特に規定されていないが、50台未満を推奨している。ノード数が増えるほど、障害からの回復時間は遅くなり、リアルタイム性が損なわれる。50ノードのリング・ネットワーク(100Mbps)では、障害後の回復時間は3ミリ秒未満と高速だ。従来型イーサネットで一般的に使用される STP/RSTP では実現できない高速経路復旧が可能だ。 DLR のサポートするネットワークトポロジは1重リングのみだが、実用上問題はない(表1 参照)。

冗長経路制御方式経路復旧時間ネットワークトポロジ経由スイッチの数
STP最大50秒制約なし最大7台まで
RSTP約1秒制約なし最大7台まで
DLR3ミリ秒1重リング制限なし(50台未満推奨)
表1 冗長経路切り替え時間比較

工場や物流現場の制御ネットワークでは、接続されたノードやケーブルでの単一障害が発生しても、動き続けることが必要だ。しかも、ごく短時間で自動復旧する必要がある。2つのイーサネットポートを持つノードを順次接続する Line トポロジで接続することが多いが、 Line トポロジは1つのノードまたはノード間リンクの障害で、障害箇所から先に到達できなくなる。これに対し、Ring トポロジは単一障害が発生しても、復旧し通信を継続することが可能だ(図1)。DLR は、ネットワーク構成に Ring トポロジを採用し、各ノードは2つのイーサネットポートと組み込みスイッチを備えることでこれを実現している(図2 参照)。

DLR は最も単純な1重リングのみをサポートし、多重リングなどの複雑なリング構造は考慮していない。また、STP/RSTP などのプロトコルと共存はできるが、DLR と STP/RSTP はお互いに通信しないため、想定外のポートがブロックされる恐れがあるためお薦めしない。同様に、DLR リング内に DLR に対応しない(非DLR)ノードを配置することもできるが、障害復旧時間に影響がある。

DLR はイーサネット標準の STP/RSTP と同様に第2層で動作し、TCP/IP や CIP などの上位層のプロトコルに影響がない。もちろん、第2層/第1層のイーサネットには全く影響がない。

DLR トポロジ
図1 DLR トポロジ
DLR ノード構成1
図2 DLR ノード構成1

図3 の様に、DLR リングは、ネットワークを監視・制御するリング・スーパーバイザ(Ring Supervisor)とリング・ノード(Ring Node)で構成される。DLR リングには、1台のアクティブなリング・スーパーバイザが必須だが、非アクティブなバックアップ・リング・スーパーバイザを持つ冗長構成も可能だ。
リング・スーパーバイザは、ネットワークの状態を常に監視し、障害を検出した場合はネットワークを再構築する指令を出す。ネットワークの状態監視には専用のフレームを一定間隔で送信し、ネットワークを再構築する際は追加のフレームを送信する。ネットワークを監視する専用フレームには、ビーコン・フレーム(Beacon frame)とアナウンス・フレーム(Announce frame)の2種類がある。

ネットワークの障害通知や再構築には、ビーコン・フレームを使用し、リング・スーパーバイザの2つのポートから400マイクロ秒に1回送信される。設定により、送信間隔を100マイクロ秒まで短縮できる。ビーコン・フレームに対応するリング・ノードは、ネットワークの障害検出や再構築に対応することができる。

アナウンス・フレームは、ビーコンを処理できないリング・ノードをネットワークに参加させるためのツールだ。リング・スーパーバイザは1秒に1回アナウンス・フレームを遮断されていないポートから送信する。アナウンスフレームに対応するリング・ノードは、ネットワークの障害検出には参加しないが、ビーコンを次段ノードにフォワードしたり、ビーコンで指示されたネットワークの再構築に対応する。

DLR ノード構成2
図3 DLR ノード構成2

DLR リングが正常に動作していることは、時計回りと反時計回りの2つのビーコンを反対側のポートからタイムアウト時間内に受信することで確認する。

ビーコン・フレームをサポートするリング・ノードは、隣接するノードのリンク切断(Link off)を検出し、スーパーバイザ・ノードに通知することができる。これにより、スーパーバイザ・ノードはビーコン・フレームがネットワーク全体を横断するのを待つ必要がなく、より早く障害状態を検出することができる。

アナウンス・フレームをサポートするリング・ノードは、リンク切断を検出しても障害をリング・スーパーバイザに通知する機能がなく、障害検出や回復に時間がかかる。両者の障害検出や再構成等による時間の違いは、再度表1 を参照いただきたい。3ミリ秒以内の障害復旧を実現するためには、ビーコン・フレームをサポートするノードでシステムを構築する必要がある。

冗長経路制御方式経路復旧時間ネットワークトポロジ経由スイッチの数
STP最大50秒制約なし最大7台まで
RSTP約1秒制約なし最大7台まで
DLR3ミリ秒1重リング制限なし(50台推奨)
再掲 表1 冗長経路切り替え時間比較

一般的に、高性能な制御ネットワークでは、要求フレーム間隔が1ミリ秒でコネクション・タイムアウトは4ミリ秒だ。デフォルト(400マイクロ秒)のビーコン設定された50台のノードで構成するネットワークは、3ミリ秒以内に障害から回復できるため、この要件を十分満たすことができる。3ミリ秒以内に障害回復ができる根拠は後ほど説明する。

初期状態

電源投入などの初期状態からDLR リングを構成し、通常動作(安定状態)に移行する動作を説明する。

図4 は、2台のリング・スーパーバイザと4台のビーコンをサポートするリング・ノードで構成される。この例では、アナウンスをサポートするリング・ノードとビーコンもアナウンスもサポートしないリング・ノードは含まない。

DLR リングの初期状態からの移行
図4 DLR リングの初期状態からの移行

2台のリング・スーパーバイザは、全てのポートを一般のフレームを通さない遮断状態からスタートする。リング・ノードはビーコンを受信し、次段にフォワードできる状態になっている。この状態で、全てのリング・スーパーバイザは全てのポートからビーコン・フレームとアナウンス・フレームを送信する。ビーコン・フレームにはリング・スーパーバイザの優先度情報が入っている。一方のポートから送信されたビーコン・フレームは、ネットワークを巡回し他方のポートに到着することで、リング・スーパーバイザはリングが構成されたことを認識する。同時に2台のリング・スーパーバイザは受信したビーコンに含まれる優先度情報と自身の優先度を比較し、優先度が最も高い場合は自分自身がリング・スーパーバイザとなる。最高優先度でない場合は、バックアップ・リング・スーパーバイザになり1台のノードとして以後動作する。優先度が同一の場合はMACアドレスを比較し、MACアドレスが大きいほうがリング・スーパーバイザになる。

これで、DLR リングが構成され1台のリング・スーパーバイザが選ばれる(図4(A))。

DLR リングが構成されると、リング・スーパーバイザは一方のポートを遮断し通常フレームの送受信をブロックする。2つのポートからビーコン・フレームを一定間隔(デフォルト値は400マイクロ秒)で送信し、他方のポートから受信することで常にDLR リングを確認する。また、ブロックされていないポートからアナウンス・フレームを1秒間隔で送信し、他方のポートから受信することでリング状態を監視する(図4(B))。何も障害やネットワーク構成の変更がない限りこの状態が続く。

図5 は、リング上に1台のリング・スーパーバイザがある構成での初期化手順だ。電源が投入されると、最初は Line トポロジとみなし、両ポートをOpenしビーコン・フレームとアナウンス・フレームを送信する。両ポートのビーコン・フレームの巡回を確認すると、 Ring トポロジと認識し第2層のMACアドレステーブルのクリア等の初期化を行う。これは、 Line トポロジと Ring トポロジでは、通常のフレームの流れる方向が変わるためだ。

リング・スーパバイザの状態遷移概要
図5 リング・スーパバイザの状態遷移概要

Ring トポロジ認識後は、ビーコン・フレームとアナウンス・フレームを一定間隔で送信し、Ring が正常に動作していることを常に監視する。同時に、ノードからの障害情報を受け付ける。何らかの障害が発生すると、障害復旧処理に移る。

図6 は、リング・ノードの状態遷移だ。初期状態から片ポートでのビーコン・フレーム受信までは、Line トポロジとみなし一度初期化を行う。その後、両ポートからビーコン・フレームを受信すると Ring が構成されたと判断し、トポロジ変更に対応するため再度初期化を行う。

リング・ノードの状態遷移概要
図6 リング・ノードの状態遷移概要

工場・物流現場のネットワークの現状

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。