イーサネットの物理層(14)個別規格 100BASE-TX

100BASE-TX は、10BASE-T の次世代規格として1995年に登場した。家庭やオフィス LAN の主役は WiFi や 1000BASE-T に変わったが、今でも広く使われている。100BASE-TX は1995年に IEEE802.3u として規格化された。100BASE-TX は 100Mbps の全2重通信が可能で、伝送路としてはカテゴリ5以上の2対4線の撚対線(UTP ケーブル)を使用する。10BASE-T 標準のカテゴリ3は使用できない。100BASE-TX と同時に光ファイバーを使用する 100BASE-FX も規格化された。

1995年から2000年にかけて様々な方式の 「100Mbps イーサネット」が提案され規格化された。 100BASE-T4 は1995年に IEEE802.3u で規格化され、100BASE-T2 は1997年に IEEE802.3y で規格化された。これらを総称して「100Base-T」と呼ぶ。この3つの規格を「ファストイーサネット(Fast Ethernet)」と呼ぶこともあるが、100BASE-TX のみを「ファストイーサネット」と呼ぶことが多いようだ。しかし、今となっては 100Mbps を「速い:Fast」と感じる人はいないだろう。「ファストイーサネット」は既に死語になっている。

過去の規格

100BASE-T4

100BASE-T4 は、10BASE-T と同じカテゴリ3ケーブルで半2重通信を行う方法だった。撚対線の4対 8線すべてを使い、送受にそれぞれ3対を使用する。ピン1・2を送信専用に、ピン3・6を受信専用に、ピン4・5と7・8の2対は送受信を切り替えて使用する。 10BASE-T と共通のカテゴリ3ケーブルを使用できる優位性はあったが、半2重通信がネックとなり普及しなかった。また、当時のカテゴリ3ケーブルは低価格な 2対4線が普及していたことも 100BASE-T4 が受け入れられなかった理由の一つではないだろうか。100BASE-T4 は2003年に規格更新を停止している。

100BASE-T2

100BASE-T2 は 10BASE-T と同じカテゴリ3ケーブルを2対使用し全2重通信が可能だった。送信信号と受信信号を多重化し、2対の信号線で全2重通信を実現していた。かなり先進的な技術で、
10BASE-T ケーブル(カテゴリ3)をそのまま使用できる優れた規格だったが普及しなかった。送受信信号を多重化する回路がコスト高を招いた可能性がある。この規格も2003年に規格更新を停止した。 100BASE-T2 の多重化技術は 1000BASE-T で採用され、現在も広く使われている。

100VG-Any LAN

もう一つの 100Mbps イーサネット対抗規格として 100VG-Any LAN が登場した。100VG-Any LAN は、100BASE-TX と同じ1995年に IEEE802.12 で規格化された。この規格はHP(ヒューレット・ パッカード)社が提案し、IBMやAT&T がパートナーだった。撚対線の4ペアを送受信で切り替える 100Mbps の半2重通信だった。送信権の獲得は CSMA/CD ではなくトークンが巡回する方式のため、衝突や送信待ちが発生する CSMA/CD の問題を解決していた。この規格の一番の課題はすでに普及していた 10BASE-T との互換性が無かった事だ。規格自身も IEEE802.3 ではなく IEEE802.12 で審議されていることから分かるように「イーサネット」の後継規格の扱いではなかった。数年に渡り 100BASE-TX と「次世代イーサネット」の地位を争ったが、最終的に敗退した。この規格も2001年に更新が停止している。

100BASE-TX

100Mbps イーサネットは様々な規格が登場したが、1998 年頃には 100BASE-TX にほぼ集約した。集約した要因は、インテル社が CPU の周辺回路を集約している Chip Set に 100BASE-TX を採用したことが決定的な要因ではなかったかと思う。

100BASE-TX は既に普及していた 10BASE5/2/-T との互換性を保つことで「後継規格」として登場した。伝送媒体は同軸線ではなく撚対線で、送信用と受信用の信号線は分離されている。送信と受信が同時にできる全2重通信が可能だ。しかし、従来規格との互換性を主張するために半2重通信と CSMA/CD の機能も持っている。「従来規格との互換性」は、競合規格に勝つためには重要な要素だったが、今となっては半2重通信の必要性はない。撚対線は 10BASE-T ではカテゴリ3だったが、 100BASE-TX では、カテゴリ5に変わった。コネクタは RJ45 で 10BASE-T と同じで信号配列も変わらない(図1)。今回の記事では、半2重通信には触れず全2重通信を前提に話を進めたい。

図1 10/100Mbps MDI 信号配列
図1 10/100Mbps MDI 信号配列

100BASE-TX 開発時に、100Mbps を実現するための技術は FDDI (Fiber Distributed Data Interface)ではすでに解決し実用化されていた。新たな解決策の検討に時間を費やすよりは、FDDI で確立された技術を流用するほうが早く確実な方法だった。 IEEE802 委員会は、 FDDI の技術を流 用し 100BASE-TX を作った。100BASE-TX のネーミングで「X」は光ファイバーを使用する FDDI の技術を流用したことを表している。

この背景には、10Mbps で採用したマンチェスタ符号は 100Mbps では使用できなかったことがある。マンチェスタ符号は伝送速度の2倍の周波数が必要で、100Mbps では 200MHz になる。マンチェスタ符号自体も 100MHz になる。この周波数では光ファイバーも撚対線も使えない。

FDDI の方式は、4ビットを5ビットに置き換える 4B5B 変換で 1.25 倍の 125MHz に一度上げ、NRZI (Non Return to Zero Inversion)符号化で半分の 62.5MHz に下げている。この周波数で光ファイバーを使用する 100BASE-FX が動作する。撚対線を使用する 100BASE-TX では、MLT3 符号化でさらに半分の 31.25MHz に下げカテゴリ5の撚対線を使用できるように改良している。この辺りの動作原理は後ほど詳しく説明する。

100BASE-TX の物理層は、PCS/PMA/PMD/AN の4つの副層に分かれる。FEC の階層はまだない (図2)。100BASE-TX のネーミングで「X」は光ファイバーを使用する FDDI の技術を流用したことを示しているが、図2 の「4B5B 変換」と「NRZI 変換」が FDDI から流用した技術に相当する。

図2 100BASE-TX 物理層副層
図2 100BASE-TX 物理層副層

4B5B 変換は、4ビットデータを5ビットシンボルに変換する方式だ。この5ビットシンボルの中には少なくとも1個の「1」と「0」があり、4ビット以上「0」が連続しない。この特性は「埋込クロック同期」や「AC結合」に都合がよく、技術的にも確立しているため 100BASE-TX で採用された。100BASE-TX の MLT3 符号は、クロックを抽出できないケースがあり、4B5B 変換でこの欠点を補っている。

また、この5ビットシンボルは、「1」や「0」が数個連続するように設計され「1010101010」の様な周波数が高くなるようなパターンを避けている。この点でも、限られた周波数帯域の撚対線に都合が良い方式だ。4B5B 変換と NRZI 変換で、埋込クロック同期や AC 結合に対応できるが、もう一つ厄介な電磁妨害波問題がある。電磁妨害波は外部からの電磁波の影響を受け電子機器等が誤動作するような影響を与えることだが、イーサネットの撚対線はこの発生源になる。10BASE-T のマンチェスタ 符号は 10MHz の連続信号が発生する可能性が高く、米国の FCC や日本の VCCI 等の電磁妨害波規格適合にかなり苦戦した。この反省から、100BASE-TX には規格作成の段階から「電磁妨害波」対策が施されている。この電磁妨害波対策に相当する機能が「スクランブル」と「MLT3 変換」機能だ。もちろん 4B5B 変換も妨害波抑制に貢献している。

100BASE-TX 物理層では、送信時に 4B5B 変換→パラレル・シリアル(NRZ)変換→スクランブル→NRZ to NRZI変換→NRZI to MLT3変換とデータを順次変換している。受信時はこの逆変換になる。各変換機能は、次回より順次説明したい。

イーサネットの物理層

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。