イーサネットの物理層(12)物理層規格 10BASE5/2/-T

オフィスでも家庭でも、10BASE5/2/-T 規格の製品に出会うことはまずない。オフィスや家庭での有線イーサネットの主役は 100Mbps か 1000Mbps だ。10BASE5/2/-T 規格は歴史の彼方に消えていった規格だ。しかし、全てのイーサネットはここから始まり、イーサネット技術の基本的な要素がここにある。

1980年2月に IEEE 802 委員会が発足し、最初に作られた物理層規格が 10BASE5 だ。1983年に標準化された 10BASE5 は、1本が最長500mの同軸ケーブル(通称イエローケーブル:直径1cm 程度) にバス接続するトポロジだ。実際の接続は、同軸線にトランシーバを取り付け、パソコンには専用の NIC(Network Interface Card)を実装する。この間を専用の AUI ケーブルで接続する。この同軸線 と AUI ケーブルはコストと作業性に難があり、安価で細いケーブルに対応する 10BASE2 が1985年 に規格化された。10BASE2 は安価で細いケーブルに変わったため「Cheaper-net/Thin-net」と呼ばれた。次に、現在でも主流の撚対線(ツストペアケーブル)を使用する 10BASE-T が 1990年に規格化された。

最初は 10BASE5 のみが「イーサネット」だったが、1998年に 10BASE2/-T の拡張機能を統合し、 10BASE5/2/-T を「イーサネット」と呼ぶことになった。その後イーサネットは更に拡張され、現在では 400Gbps の規格が制定され、テラビットクラスの審議が進んでいる。残念なことに、あまり普及しなかった 10BASE2 規格は2011年に廃止されている。

10BASE5 から 10BASE2/-T へは、符号化や伝信号変換は変えず実装形態を変えることで利便性を改善した。物理層の論理構成も信号変換機能しかない。10BASE5 の物理層は3つのパーツに分かれていたが、10BASE2/-T は 1つの NIC に統合されている(図1)。

図1 10BASE5/2/-T 実装形態の違い
図1 10BASE5/2/-T 実装形態の違い

10BASE5/2/-T の物理層の論理構造はシンプルだ。PLS(Physical Layer Signaling)と PMA
( Physical Medium Attachment)の2つの機能しかない。PLS は符号変換機能で、10Mbps ではマンチェスタ符号を使用する。PLS は AUI ケーブルから同軸線への信号変換だ。マンチェスタ符号については、後ほど説明する。

10BASE5 は、パソコン等に実装する NIC、NIC とトランシーバをつなぐ AUI ケーブルと同軸線(イエローケーブル)に取り付けるトランシーバの3つのパーツで構成される(図2)。トランシーバの取り付けは、同軸線をくり抜き穴をあけその穴を通して芯線に信号線用の針を突き立てる。同軸線に突き立てた針とシールド間の電気信号で通信する方式だ。工事に失敗し芯線とシールドがショートすると、ネットワークは全停止になる。太くて硬い同軸線の敷設工事も大変だが、AUI ケーブル(直径 7mm くらい)も柔軟性がなく非常に硬い。接続したノートパソコンが AUI ケーブルで持ち上がるという信じがたいことが起きた。

図2 10BASE5 配線イメージ
図2 10BASE5 配線イメージ(出典:https://www1.fs.cvut.cz/cz/u12110/prt/site/lan/10BASE5.htm

1985年に登場した 10BASE2 は、イエローケーブルの代わりに安価な細い(直径 5mm くらい)同軸線を採用し装置間をデイジーチェイン接続する方式に変わり AUI ケーブルは廃止された(図3。この方式の最大の欠点は、増設工事でネットワークが停止することだった。実際の運用では、ネットワーク動作が不安定になる事象がいくつか発生した。最も多いケースが、増設によりケーブル総長が延び、規格の185m を超えたことに気が付かないことだ。10BASE2 は 50Ω の同軸線を使用するが、テレビ用の 75Ω の同軸線が使われた例もある。10BASE2 は期待したほど普及しなかった。

図3 10BASE2 配線イメージ
図3 10BASE2 配線イメージ

10BASE5/2 は敷設工事に課題があり使い勝手も悪い。1990年に標準化された 10BASE-T の登場で「敷設工事の課題」は解消されることになる。10BASE5/2 のトポロジはバス接続だが、10BASE-T は撚対線(ツイストペア線)により 1 対 1 接続に変わった。これを契機に半2重通信から全2重通信に変わることになり、更に使い勝手が良くなった。撚対線を使用するこの方式は、30年以上経過した現在も変わっていない。

図4 が 10BASE5 の AUI コネクタ信号配列だ。当時は DIX(Dec/Intel/Xerox)規格をベースとする Ethernet Type II と IEEE802.3 規格は微妙に異なった。実用上問題はないが、4番ピンの定義が異なる。図5 は、10BASE-T のコネクタ配列だ。この規格では DIX 規格の影響はなくなっている。

図4 AUI コネクタ
図4 AUI コネクタ
図5 10BASE-T コネクタ
図5 10BASE-T コネクタ

イーサネットの物理層

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。