イーサネットを底辺で支えているのが物理層だ。物理層の基本機能は、0と1で表現されるデジタルデータを電気信号や光パルスに変換し媒体を介して通信することだ。OSI 階層では最下層に相当する。第2層以上の論理層と最下層の物理層を切り離すことで、データ形式や経路制御を一切変えず、伝送速度を変えたり伝送媒体や伝送距離を変えることができる。
今回はこの物理層(図1)の仕組みを解説したい。イーサネット物理層は、伝送速度/伝送距離/伝送媒体により様々な規格が存在するが、車載や IoT で直近での使用が想定される 10Mビット/秒~1Gビット/秒の規格を対象に話を進めたい。物理層規格の主な対象は「信号」「ケーブル」「コネクタ」だ。同時に、論理層と物理層をつなぐ xMII インタフェースについても触れたい。xMII は、論理層の第2層(MAC層)と物理層の第1層(PHY)を接続するインタフェースだ。このインタフェースは、伝送速度や信号線数により様々な種類が存在する。一般的にこれらのインタフェースの総称として xMII を使用する。xMII として、オリジナルの MII に加え RMII/GMII/RGMII/SGMII の5種類の xMII の動作や仕様を解説する予定だ。
MII | Media Independent Interface |
RMII | Reduced Media-Independent Interface |
GMII | Gigabit Media-Independent Interface |
RGMII | Reduced Gigabit Media-Independent Interface |
SGMII | Serial Gigabit Media-Independent Interface |

物理層のトレンド
物理層説明の前に電気通信のトレンドを見てみよう。電気通信の適用範囲は広く、電話網やインターネット網はもちろんだが、コンピュータと周辺装置との接続やコンピュータ内部でも様々な方式の電気通信技術が使われている。電気通信技術は適用箇所の特性により多種多様だ。これらの通信方式は、パラレル(並列)通信とシリアル(直列)通信に大きく分けることができる。パラレル通信は、複数データを同時(並列)に送受信し、データの書き込みや読出しタイミングを決めるライト信号とリード信号でデータと同期をとる仕組みだ。
コンピュータバスの原型ともいえる DEC 社の Uni-bus/Q-bus や PCI バスなどのコンピュータ内部バスもパラレル通信が常識だった。コンピュータ周辺装置を接続するインタフェースもパラレルインタフェースが一般的だった。プリンタを接続するセントロニクス、ディスクや磁気テープを接続する SCSI や計測器を接続する GPIB 等もほぼ全てがパラレルインタフェースだった。数少ない例外が、キャラクタ端末(文字しか表示できない端末)とコンピュータをつなぐ RS232C シリアルインタフェースだった。
1996年に登場した USB 1.0 や2002年に登場した PCI Express で状況は大きく変わった。マイクロプロセッサとメモリー間は依然としてパラレルインタフェースが主流だが、コンピュータ内部バスや周辺装置とのインタフェースは、パラレルからシリアルへと変化した。
図2 は、横軸が伝送帯域、縦軸がパラレル通信のビット幅もしくはシリアル通信の Lane 数で、コンピュータ内部バス、周辺装置とのインタフェースや通信ネットワークなどをマッピングしたものだ。高速化に伴い、パラレル通信からシリアル通信へと変化し、シリアル通信も1 Lane の高速化と並行し多 Lane 化が進んでいることが分かる。

物理層基礎技術
コンピュータ内部バス、周辺装置とのインタフェースや通信ネットワークの大きな流れは「高速化」だ。高速化を実現するため「パラレルからシリアル」へと変化し、更にシリアル通信の多 Lane 化が進んでいる。別な見方をすると、パラレルからシリアルへの変化は、ケーブル等の伝送路とコネクタの省スペース化と低コスト化でもある。数十本のパラレル通信の信号線は1対か2対の信号線に変わり、コネクタも大型の多ピンコネクタから RJ45 や USB A/C などの小型コネクタへと変化した。
通信の高速化を実現する基礎技術が「クロック同期」技術だ。データとクロックの関係が常に安定していれば何も問題はないが、伝送路上でのデータやクロックの遅れ(遅延)の差や半導体や伝送路での僅かな時間のずれ(スキュー)が積み重なると、高速化の妨げになる。クロック同期方式は、共通クロック同期→送信元クロック同期→埋込クロック同期と順次改良され、遅延やスキューを抑え高速化の要求に応えてきた(図3)。現在の高速通信では埋込クロック同期が主流だ。この方式は、原理上データとクロックの遅延差やスキューがない方式だ。シリアル通信の非同期方式は、RS232C や UART の通信方式だが、送信側と受信側でクロック周波数や位相の同期を取らない方式だ。非同期方式は、低速かつ近距離通信では今でも広く使われている。
もう一つの基礎技術が、送信側と受信側の電気的結合技術だ。一般的なデジタル回路やパラレル通信では、半導体同士を直接接続し基準電位(GNG)を共有する「DC 結合」だ。シリアル通信では DC 結合も使用するが、長距離通信では送信側と受信側の基準電位(GND)の共通化が難しいこともあり直流成分をカットする AC 結合を使用するケースが多い。AC 結合は直流成分をカットするため、伝送路に異常に高い電圧が印加されても装置を破壊する可能性が低い。安全性の面でも優れた方式だが、実現には幾つかの課題がある。これらの基礎技術を順次解説したい。

イーサネットの物理層
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2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(1)概要・物理層のトレンド・物理層基礎技術
イーサネットを底辺で支えているのが物理層だ。物理層の基本機能は、0と1で表現されるデジタルデータを電気信号や光パルスに変換し媒体を介して通信することだ。OSI 階層では最下層に相当する。第2層以上の論理層と最下層の物理層 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(2)物理層基礎技術 パラレル通信とシリアル通信 / クロック同期方式
パラレル通信とシリアル通信 コンピュータ間通信方式はパラレル通信とシリアル通信に大別することができる。パラレル( parallel:並列)通信は、複数データを並列に同時送信するため高速通信が可能だが、複数のデータ線が必要 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(3)物理層基礎技術 クロック同期方式 共通クロック(Common Clock)同期 / 送信元クロック(Source Clock)同期
共通クロック(Common Clock)同期 プリント基板内での半導体デバイス間同期や、比較的低速な PCI などのパラレルバスで使用されている方式だ。歴史も古く事例も多い。名前のように送信側と受信側が、共通クロックに同 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(4)物理層基礎技術 クロック同期方式 埋込クロック(Embedded Clock)同期 / 非同期(調歩同期)
埋込クロック(Embedded Clock)同期 「埋込クロック同期」は、送信データに送信クロックを埋め込む方式だ。受信側は受信データからクロックを抽出しデータを読み込むマスタークロックとして使用する。送信元クロック同期 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(5)物理層基礎技術 DC結合・AC結合
装置間、基板間や基板内回路の電気信号接続には2つの方法がある。直流成分を送ることができる「DC 結合」と、直流成分をカットして交流成分のみを送る「AC 結合」がある。直流成分の除去にはコンデンサやパルストランスを使用する […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(6)全体階層構造
Ethernet TSN は第2層(データリンク層)を主に機能強化している。同時に、車載ネットワークを意識した第1層(物理層)にも新たな規約を策定した。車載ネットワークでは省スペースと重量削減が大きな課題で、これに対応す […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(7)xMII
MII は 10Mbps/100Mbps 専用のインタフェースとして登場した。イーサネットの速度アップに伴い、 MII を基に RMII/GMII/RGMII/SGMII/QSGMII/XGMII などの新たな規格が登場 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(8)MIIのデータインターフェイス/管理インターフェイス
オリジナルの MII は、データインタフェースと管理インタフェースの2つのインタフェースで構成される。データインタフェースは、更に送信用と受信用の2つの独立したチャンネルに分かれる。各チャンネルにはそれぞれ独自のデータ、 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(9)xMII RMII / GMII
RMII RMII(Reduced Media-Independent Interface )は、PHY/MAC 間接続の信号線を削減するために作られた規格だ。データインタフェース信号線の総数は16本から半分の8本に削減 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(10)xMII RGMII / SGMII
RGMII RGMII( Reduced Gigabit Media-Independent Interface )は、 GMII の PHY/MAC 間接続の信号線を削減するために作られた規格だ。信号線の総数は24本か […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(11)物理層規格の概要
イーサネットは40年以上に渡り規格が追加・修正された歴史がある。10Mbps の 10BASE5 から始ま り、400Gbpsまで拡張されている。今回は、IoT や車載ネットワークでの直近の使用が想定される 10Mbps […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(12)物理層規格 10BASE5/2/-T
オフィスでも家庭でも、10BASE5/2/-T 規格の製品に出会うことはまずない。オフィスや家庭での有線イーサネットの主役は 100Mbps か 1000Mbps だ。10BASE5/2/-T 規格は歴史の彼方に消えてい […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(13)個別規格 10BASE5/2/-T 符号化/マンチェスタ符号
符号化 物理層の基本機能は、1と0で表現されるデジタルデータを電気信号に変換しケーブルに流すことだ。最も簡単な変換は、「1」を電圧のハイレベル(例えば5V)に、「0」を電圧のローレベル(例えば 0V)に変換すれば、信号を […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(14)個別規格 100BASE-TX
100BASE-TX は、10BASE-T の次世代規格として1995年に登場した。家庭やオフィス LAN の主役は WiFi や 1000BASE-T に変わったが、今でも広く使われている。100BASE-TX は19 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(15)個別規格 100BASE-TX 4B5B変換 / Parallel to Serial 変換
4B5B 変換 従来の 10BASE5/2/-T は、伝送路上のフレーム間ギャップは無信号状態になっている。これは、1本の伝送路を複数ノードで共有する方式のため、信号の衝突を避けるためにはデータを送信していない期間を無信 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(16)個別規格 100BASE-TX スクランブラ / NRZ → NRZI → MLT3 変換
100BASE-TX スクランブラ スクランブラは、100BASE-TX が動作時にコネクタやケーブルから放射する妨害波(EMI)を抑えるために実装された機能だ。「埋込クロック同期」や「AC 結合」のための機能ではない。 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(17)個別規格 100BASE-FX
100BASE-FX 100BASE-FX は、1995年に IEEE802.3u で標準化された。光ファイバーを伝送路として2本のファイ バーケーブルを使用する。信号源に1300nm波長帯を使い、マルチモードファイバー […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(18)個別規格 1000BASE-T 概要
1000BASE-T は、10BASE-T/100BASE-TX の後継規格として 1999年に IEEE 802.3ab として標準化された。伝送媒体はカテゴリ5以上の撚対線を使用し、最大伝送距離は 100m だ。当時 […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(19)個別規格 1000BASE-T 物理層 / 8B1Q4/4D-PAM5 / スクランブラ
1000BASE-T 1000BASE-T 物理層 1000BASE-T は 8ビット幅を持ち 125MHz(8ナノ秒サイクル)で動作する GMII で上位層と繋がっている。つまり、1000BASE-T の物理層は、8ナ […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(20)個別規格 1000BASE-T 畳み込み符号 / 4D-PAM5 符号 / フレーム構造
1000BASE-T 畳み込み符号 送信データのスクランブル後、8ビットデータに1ビット付加し9ビットにする。変換テーブルに 2倍の冗長性を持たせることと、変換テーブルでデータを拡散し電磁妨害波を抑えることが 1 ビット […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(21)個別規格 1000BASE-X 概要
伝送媒体に光ファイバーを使用する 1000BASE-X は、撚対線を使用する 1000BASE-T より1年早く1998年に標準化を完了している。同時にギガビットイーサに対応する GMII の標準化も完了した。1000B […] -
2-5.Ethernetの物理層
イーサネットの物理層(22)個別規格 1000BASE-X 8B/10B 符号化 / 8B10B 変換
8B/10B 符号化 10ビットデータに変換する際に、 1/0 連続数を制限し確実な信号反転を発生させることと 1/0 個数の差を制限制限範囲内に収める必要がある。1/0 連続数制限は、1/0 の連続数が 4 個以内に収 […]