Ethernet TSN のキーポイントは、サイクル時間や遅延時間に敏感な制御データ、伝送帯域に敏感な映像や音声などのストリーミングデータと再送を許容できる Best Effort データの混在を実現することだ。もちろん、制御データのサイクル時間や遅延時間を保証し、映像などのストリーミングデータの帯域を保証することが前提だ。Ethernet TSN では、表1 のようにデータを5個のクラスに分類している。各クラスの識別には、IEEE802.1Q VLAN の優先度(Priority)を使用する。
クラス名 | 最大 遅延時間 | 最大 転送期間 | Priority | 概要 |
---|---|---|---|---|
クラスCDT | 100マイクロ秒 | 500マイクロ秒 | ー | サイクル時間・遅延時間・帯域に敏感な制御データ等 |
AVクラスA(※1) | 2ミリ秒 | 125マイクロ秒(※2) | 5 | 帯域・遅延に敏感な映像・音声等のストリーミングデータ |
AVクラスB(※1) | 50ミリ秒 | 250マイクロ秒(※2) | 4 | 帯域・遅延に敏感な映像・音声等のストリーミングデータ |
Control Traffic | 規定なし | 規定なし | ー | gPTP/SRP 等のプロトコル制御データ |
Best Effort | 規定なし | 規定なし | ー | ファイル転送、Webアクセス等のデータ |
※1 AVクラスAとB の「Priority」は Ethernet AVB 規格制定時に決定していたため、Ethernet TSN に引き継がれた。
※2 転送期間幅が125マイクロ秒の整数倍に設定されているのは、VLAN タグ付きイーサネットフレームの最大長の送信時間による。 VLAN 付きイーサネットフレームの最大長は1522バイトだ。ハードウェアでギャップとプリアンブルを合わせて20バイトが付加される。総ビット数は、(1522+20)×8=12336 ビットになる。100Mbps の場合は1ビット当たり10ナノ秒で、最大フレームの送信時間は、123.36 マイクロ秒だ。この値を基に125マイクロ秒が設定された。
- クラスCDT(Control Data Traffic)は、ハードリアルタイムを求められる制御データだ。サイクル時間や遅延時間が保証されなければならないデータだ。Priority は特に決まりはないが、最も優先度の高い「6」か「7」が想定される。
- AVクラスAとAVクラスBは、映像や音声などのストリーミングデータだ。確実に再生するためには、伝送帯域を保証する必要がある。AVクラスAの Priority は「5」、AVクラスBの Priority には「4」が割り当てられている。
- Control Traffic は、Ethernet TSN を正しく動作させるためのプロトコル制御フレームだ。 Control Traffic の取り扱いは特に規定されていないが、プロトコルを正しく動作させるために「クラスCDT」並みに扱いたいところだが、Best Effort と同じクラスだ。
- Best Effort は、ファイル転送やWebアクセス等の、再送を許されるフレーム類だ。クラスCDT、 AVクラスA/B の空き時間を使用して伝送される。Priority は他のクラスより低い「2」か「1」が割り当てられる。
※ Ethernet TSN 規格では、「Best Effort」は明確なクラスとして定義していない。今後の説明のため追加した。
異なるクラスが混在し、各クラスの通信品質要件を満足する実現策は「時刻同期」による「時分割多重」と「帯域制御」だ。
図1 は、時分割多重のイメージだ。例えば、4つの優先度データまたはユーザが居る。各々の優先度は固定された専用の送信時間帯を持ち、これが繰り返される。何れの優先度も他の優先度の時間帯を邪魔をしないならば、全ての優先度は、一定のサイクルで一定時間確実にデータを送受信することができる。しかし、全ての優先度が自分の時間帯を確実に守ることはかなり実現が難しい。そこで、「最高優先度は少しぐらい他の優先度の邪魔をしても良いが、他の優先度は最高優先度の邪魔をしない」仕組みが実際は使われる。既存の産業用イーサネットでは、制御データなどの時間に敏感なデータの送受信を保証するため、「時分割多重」を採用している。Ethernet TSN も同じだ。サイクル時間や各優先度の専有時間は自由に設定できるが、最高優先度には、様々な変動要素を考慮し必要十分な専有時間を設定する必要がある。しかし、使用せず残った時間を下位優先度は使用できないためためロスになる。時分割多重を、伝送路の末端まで精度よく実現するためには、正確な時刻同期が前提になる。

図2 は、帯域制御のイメージだ。これも4つの優先度を持つデータまたはユーザが居る。各々の優先度は常に固定された帯域を保証されている。時分割多重のようにサイクル時間や専有時間などの時間概念はない。何れの優先度も他の優先度の帯域を邪魔しないならば、全ての優先度は所定の帯域を常に保証される。しかし、これも実現はかなり難しい。そこで、「最高優先度は少しくらい他の優先度の帯域を使ってもよいが、他の優先度は最高優先度の帯域を使わない」仕組みを実際は使用する。各優先度の割り当てられる帯域は、総帯域が物理帯域を超えない限り自由に設定できるが、最高優先度には安定動作のため十分以上の帯域を割り当てることが多い。最高優先度が使用せず余った帯域は、下位優先度に割り当てられるため、帯域ロスにはならない。

帯域制御には、サイクル時間に厳しいハードリアルタイムに向かない特性がある。例えば、サイクル時間に敏感な制御データを送ろうとしたときに、既に優先度の低いフレーム送信が始まり、制御データが待たされることがある。帯域制御は「帯域」は守られるが、待たされることがあり制御データのハードリアルタイム性は損なわれる(動作イメージは図3 参照)。緊急度の高いデータの送受信では、「時分割多重」を使用し「帯域制御」を使用しない理由はここにある。帯域制御は「帯域を守る /保証する」ことが狙いで、遅延時間は保証していない。
Ethernet TSN は、時間に敏感な制御データの送受信には「時分割多重」、帯域には敏感だが遅延時間には比較的寛容な映像や音声などのストリームデータには「帯域制御」を適用する仕組みを構築した。合理的な判断だ。

時分割多重
図4 に示すように、時刻同期による時分割多重で「CDT専用時間帯」と「その他の時間帯」に分け、この2つを合わせた時間帯を一つのサイクルとし、このサイクルを繰り返す。CDT は専用の時間帯を持つことで、他のトラフィックに邪魔されず、確実な通信を実現できる。もちろん、システムの要件に合ったサイクル時間や CDT が占有する時間幅を決めなければならない。CDT が連続して占有できる時間は、最大500マイクロ秒と決められているが、これは100Mbps イーサネットの場合だ。伝送速度が1Gbps や 10Gbps では、500マイクロ秒は十分長く、もっと短い時間でも問題ないはずだ。

AVクラスA、AVクラスB、Control Traffic、Best Effort は「その他時間帯」を共有する。ただし、優先度の高い「AVクラスA」と「AVクラスB」は優先して送信することができ、帯域と遅延時間に比較的敏感なストリーミングデータを守ることができる。優先度により通信帯域を確保する方法(帯域制御)には2つの手法がある。シェーピングとポリシングだ。これについては後ほど詳しくお話ししたい。Control Traffic とBest Effort は、その他時間帯の余った時間を使う。
プロトコルを制御する「Control Traffic」はその他の時間帯に入っている。しかし、このフレームの扱いは極めて微妙だ。 Control Traffic が連続して廃棄されるとプロトコル動作に異常をきたす。システム設計者の考え方次第だが、余裕があれば CDN 専用時間帯を使う手もある。かつて、ルータの Hello やスイッチの BPDU が廃棄され、経路情報の混乱が起きた事例は多い。
時刻同期によりネットワーク全体が切り替わる動作イメージは、図5 を参照いただきたい。

図6 は、TSN ドメイン外の送信ノードが、TSN ドメインを経由し受信ノードにフレームを送信するイメージ図だ。この図では、Store &Forward スイッチを想定している。Store &Forward スイッチでは、フレームの長さに応じた遅延時間が発生する。Cut Through スイッチでは、フレーム長に関係なく一定の遅延が発生する。いずれのケースも、スイッチの段数やフレーム長を考慮したシステム設計が必要になる。このあたりの詳細については後ほど話をしたい。

時分割多重を実現し、「CDT 専用時間帯」→「その他の時間帯」→「CDT 専用時間帯」と全てのスイッチが同時に切り替わるためには次のような課題を解決する必要がある。
- 時刻同期の実現
- 確実な動作を実現する高い同期精度の実現
- 「その他の時間帯」が次の「CDT 専用時間帯」を邪魔しない方策の実現
- CDT 専用時間帯を有効に使用するためのフレーム長等の制限事項
Ethernet TSN は、時刻同期をベースに時分割多重を実現している。時刻同期を規定する IEEE 802.1AS- 2011 は、既に運用されていた IEEE 1588-2008 をベースにホームネットワーク、車載ネットワークと産業オートメーション用途に限定し機能を制限した gPTP を制定した。gPTP が採用した時刻同期の主な仕組みは、図7 の6点だ。

標準の PTP(IEEE1588-2008 で規定)ではサポートしているが、gPTP ではサポートしていない主な項目は次の4点だ。IoT や車載ネットワークの時刻ドメイン内(時刻同期がとれている範囲)は、第2層で動作しルーティングは考慮していない。ネットワークの構成時間を短縮し、ハードウェアコストを下げるため、不要(と思われる)機能を削除している。しかし、制限をかけすぎたきらいもあり、IEEE 802.1AS-2020 (IEEE1588-2019 ベース)ではいくつか改定されている。大きな変更点はクロックドメインが複数になったことだ。
- クロックドメインは1つ(IEEE1588-2008 は最大128個)
- 第3層 PTP メッセージ
- End-to-End メッセージ
- 1ステップクロック
次の記事からは図7の6つの機能を順次説明する。
Ethernet TSN
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