【1】1マイクロ秒以下の時刻精度
時分割多重を実現するためには、スイッチなどの伝送装置や、システム構成によっては送受信ノードの時刻同期が必要だ。同じ時刻に全てのスイッチやノードが、一斉に時間帯を切り替えることで時分割多重が実現できる。時分割多重と時刻同期を切り離すことはできない。時刻同期の重要ポイントは「時刻精度」だ。図1 の様に時刻誤差が大きいと、本来 CDT-1 で転送されるフレームが、 CDT- 2 で転送され想定外の遅延が発生する。産業用イーサネットで一般的な、サイクル時間が1ミリ秒、 CDN 時間帯が250マイクロ秒のケースでは、誤差は数マイクロ秒以下に抑えたい。

通信規格を審議・制定する ITU-T では、表1 の時刻精度クラスを規定している。精度レベル1~3 は、誤差が大きく使えない。精度レベル6は部品コストが跳ね上がる。使えそうな精度レベルは、4~5の範囲だ。携帯電話網や従来の産業用イーサネットは、レベル4に準じた PTP( Precision Time Protocol )を採用している。Ethernet TSN もこれに倣いレベル4を採用し、時刻同期プロトコルも PTP をベースとした gPTP ( generalized Precision Time Protocol)を制定した。ちなみに、クライアント/サーバシステムで一般的な NTP(Network Time Protocol)は精度レベル1だ。
精度レベル | 時刻精度(誤差)要求条件 | 主なアプリケーション |
---|---|---|
1 | 1ミリ秒~500ミリ秒 | NTP、ビリング、警報 |
2 | 5マイクロ秒~100マイクロ秒 | PTPv1、IP遅延モニタリング |
3 | 1.5マイクロ秒~5マイクロ秒 | LTE TDD(ラージセル) |
4 | 1マイクロ秒~1.5マイクロ秒 | PTPv2/gPTP、UTRA-TDD 、LTE-TDD 、Wimax-TDD |
5 | x ナノ秒~1マイクロ秒 | Wimax-TDD(一部の構成)、スマートグリッド |
6 | <x ナノ秒 | 基地局間協調伝送技術(CoMP)、位置特定技術、高頻度取引 等 |
現状の産業イーサネットのサイクル時間は1ミリ秒程度だが、今後マイクロ秒レベルに高速化される可能性が高い。また、鉄道・電力・通信等との時刻精度レベルを合わせるためEthernet TSNは「レベル4」を選択した。
表2 は、ITU-T のガイドラインに沿い実際に運用されている時刻同期方式の一覧だ。電力、鉄道や通信ではPTPv2 を使用し、Ethernet TSN では、PTPv2 を簡略化(PTP の機能を削除)した gPTP を使用する。gPTP は機能を削除しすぎたきらいもあり、今後 PTPv2 の機能に近づく可能性もある。 今後の動向によっては、赤枠内の PTPv2 と gPTP の動向には注意が必要だ。実際2019年の Ethernet TSN 改定では、PTP に少し近づいている。
時刻同期方式 | 時刻精度 | 規格 | 備考 |
---|---|---|---|
NTP | 1~10m秒以下 | RFC958 | サーバ/クライアント時刻同期 |
PTPv1 | 10~100μ秒以下 | IEEE1588-2002 | ソフトウェア制御(現在は使用しない) |
PTPv2 (※) | 1μ秒以下 | IEEE1588-2008 | ハードウェア制御 |
802.1AS/gPTP | 1μ秒以下 | IEEE802.1AS | PTPv2に準じ簡略化 |
※ 一般的に、PTPv2 を「PTP」と呼ぶ。
時刻同期技術は鉄道や電力等の様々な産業で使われている。通信用としては、IEEE1588 でイーサネット用通信プロトコルを規定し、一般的に PTP と呼ばれる。通信用のプロファイルは、ITU-T G.8265.1/G.8275.1/G.8275.2 等で規定されている。
高精度時刻同期 PTP には用途に応じた様々なプロファイルが作成されている。ITU(国際電気通信連合)は、通信産業向けに ITU-T (電気通信標準化部会)勧告として規定したプロファイルがある。ネットワーク構成により、3つの勧告があるが、gPTP は G.8275.1 に準じる。
G.8265.1
ネットワークが PTP 未対応機器で構成される。IP(第3層)で時刻情報を伝搬する。クロック品質は、ネットワーク遅延のバラツキ、各機器の発振器精度と時刻同期をとる頻度の影響を受ける。
G8275.1
ネットワークは PTP 対応機器で構成される。Ethernet(第2層)で時刻情報を伝搬する。クロック精度は、各機器の発振器精度の影響を受ける。
G.8275.2
ネットワークが PTP 対応機器と未対応機器が混在する。 IP(第3層)で時刻情報を伝搬する。クロック品質は、ネットワーク遅延のバラツキ、各機器の発振器精度と時刻同期をとる頻度に影響を受ける。
モバイル通信網では、異なるキャリア間での多重化を実現するために、日本標準時(JST:Japan Standard Time)や協定世界時(UTC: Coordinated Universal Time)に合わせこみ、末端の携帯基地局迄の誤差時間を規定している。実際は GNSS( Global Navigation Satellite System)の時刻が基準点になる。異なるシステム間での時刻同期では、UTC や JST などの共通した時刻に合わせる必要がある。しかし、 IoT システムや車載システムの様に、他のシステムとの協調動作の必要がない場合は、システム内での時刻同期で十分で、GNSS の時刻に合わせる必要はない。
Ethernet TSN の同期時刻(タイムゾーン)と、統計情報やエラーファイルのタイムスタンプ時刻(タイムゾーン)の不一致が問題になることがある。このような場合は、2つのタイムゾーンを一致させ、GNSS 等を基準とした時刻同期が必要になる。
Ethernet TSN の時刻同期は IEEE 802.1AS で規定されている。 IEEE 802.1AS には2011と2020の2つの バージョンが存在し、IEEE 802.1AS-2011がIEEE 1588-2008に、IEEE 802.1AS-2020がIEEE 1588-2019に準拠している。また、IEEE 1588 は、初期バージョンが -2002 、次バージョンが -2008 、最新版が -2019 だ。一部を除き、本文では IEEE 802.1-2011/IEEE 1588-2008 に基づく。
図3 はモバイル網(LTE)で使用されている例だ。GNSS と最終段のモバイル基地局との時間誤差は1.5マイクロ秒(1500ナノ秒)以内だ。

キャリア PTP 網の BC(第2層スイッチ)は最大10段だ。しかし、1段あたり100ナノ秒以下の時刻精度の実現は簡単ではない。高価な発信器が必要になり、過酷な環境(高温や低温)での動作は更に厳しい。今後は各BC(第2層スイッチ)の時刻精度と段数が、用途ごとに決められると予測している。ちなみに、Ethernet TSN の前身規格であるEthernet AVB では6段、車載ネットワークを意識した Ethernet TSN では3段であった。Ethernet TSN は、工場の自動化や車載分野などの用途ごとにプロファイルを変え、分野ごとに最適化する動きがある。今後は、適用する分野に応じた時刻精度や機能を確認する必要がありそうだ。
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