従来のアナログ AV 機器は、ほぼ全ての機器を 1対1 でケーブル接続することが常識だ。しかも、ケーブルやコネクタ規格はインタフェースごとに異なるため、オーディオ機器の背面には多くのコネクタがあり、様々なケーブルが這いまわることになる。家庭内では「見栄えが悪い」程度で済むが、スタジオなどのプロ用途ではケーブルの塊が混乱を招くことになる。ケーブルだらけの問題解消が Ethernet AVB 規格登場の背景にある。しかし、当時の標準イーサネットには、帯域や遅延を保証する機構がなく、まして複数のスピーカや映像機器の時刻同期をとることはできない。複数のスピーカや映像機器の再生時刻ズレを防ぐために時刻同期をとり、確実にデータを送り届けるために、具体的な数値目標が設定された。

放送機器背面はケーブルだらけ。|by Gael Mace is licenced under CC BY 3.0
複数のスピーカ音声が違和感なく聞こえるためには、複数スピーカの時刻ズレを1マイクロ秒以内に抑える。ボタンを押して即座に映像が表示されたと思わせるため、放送型(単方向)映像の最大遅延は50ミリ秒以下にする。ライブ会場やスタジオでは、双方向映像(インタラクティブ)の違和感をなくすために最大遅延時間は2ミリ秒以下に抑える。これらの数値目標は Ethernet AVB で規格化され、 Ethernet TSN に引き継がれている。
数値目標
スピーカ再生時刻ズレ | 1マイクロ秒以内 |
双方向映像遅延(SR クラスA) | 2ミリ秒以内 |
単方向映像遅延(SR クラスB) | 50ミリ秒以内 |
クラスA 映像送信期間 | 125マイクロ秒 |
クラスB 映像送信期間 | 250マイクロ秒 |
映像専有割合(A+B) | 75%以下 |
映像伝送路ホップ数 | 7段以下 |
時刻同期ホップ数 | 5段以下 |
Ethernet AVB が想定した主な用途は次の3つだった。いずれの用途も期待通りには普及していない。特に産業オートメーション分野では、制御データを確実に送受信する仕組みが欠落していたため、採用例は見当たらない。「確実に送受信」する仕組みの追加が、Ethernet TSN タスクグループの主な作業になった。図1 は「高級家庭内バックボーン」の例だ。
IEEE1394 の置き換え

AVB では、経由するスイッチ(Bridge)の段数を「ホップ数」と呼ぶ。図2 では、ビデオサーバ
から映像再生装置までが7ホップで、中継 AV Bridge は6台になる。

映像配信のホップ数は「7」になっているが、時刻同期のホップ数は「5」になっている(GM1 からAV Bridge5 まで) 。どちらも7 ホップに統一すれば分かり易いと思うのだが、時刻同期は 5 ホップに制限されている。既存の PTP (高精度時刻同期)では、GM から初段スイッチまでの時刻誤差は±100ナノ秒、スイッチ間の誤差 は±100ナノ秒で、エンドノード内のアプリケーションまでの遅延時間が ±400 ナノ秒だった。既存 の PTP 機器と同じ精度が実現できれば 5 ホップ以上が実現できるはずだが、5 ホップに落ち着いた経緯は分からない。
AVB 規格では、映像送信元は GM( Grand Master:基準時計) の機能を必ず持つことになっている。映像送信元と再生装置が各々1台しかないシステムでは、全体のホップ数を5段に制限することになりそうだ。図2 の AV Bridge の中間点辺りに GM2を配置することで7段の構成にできるが少し無理がある。
Ethernet AVB では、図3 の青色部分を規定しているが、数値目標を反映して新たに作られた規格は赤枠内の3つだ。自動車業界や産業用制御機器業界は、第2層で動作するこの新たな3つの規格に着目した。自動車や産業用制御機器はルータを介さず第2層で構築することが多い。煩わしい第3層(主 にIP)を考慮せず、第2層のみで動作する「時刻同期」「帯域制御」「経路制御」は扱いやすい。また、すでに普及している産業用イーサネットは、第3層以上に独自のプロトコルを構築していることが多い。この点でも、第2層以下の規格は受け入れやすい土壌があった。

新たな規格
IEEE802.1AS | 時刻同期 |
IEEE802.1Qav | 帯域制御 |
IEEE802.1Qat | 経路制御 |
IEEE802.1AS(時刻同期)/IEEE802.1Qat(経路制御)/IEEE802.1Qav (帯域制御)の3つの規格を理解する上で重要な考え方がある。「ドメイン」と「クラウド」だ。gPTP で時刻同期がとれている領域を「gPTP ドメイン」、経路制御で帯域予約と遅延時間保証ができている領域を「SRP (Stream Reservation Protocol)ドメイン」と呼ぶ。gPTP ドメインと SRP ドメインの重なった範囲を「AVB クラウド」と呼ぶ。
SRP ドメインは、同一の SR クラス/VLAN Priority で1つのドメインを構成する。Priority を変えれば、複数の SRP ドメインを作ることができるが、通常は SR クラスA には Priority 5 が、SR クラス B には Priority 4 が割り当てられている。
ストリームの帯域制御を行うためには、ストリームが通過する経路を決める必要がある。ストリームの通過する経路を確定するためには、帯域確保と遅延時間が規定内であることの保証が必要だ。伝送路の遅延時間を測定するためには時刻同期が必須になる。経路制御は時刻同期の上で初めて機能する。つまり、この3つの規格は「帯域制御>経路制御>時刻同期」のような関係にある。帯域制御は「AVBクラウド」の上で成り立つ仕組みだ。
図4 は、家庭内バックボーンに「AVB クラウド」を重ねたイメージ図だ。映像や音声などの帯域制御が必要な領域は、「gPTP ドメイン」と「SRP ドメイン」が重なった「AVB クラウド」になっている。PC でのファイル転送や Web サイトへのアクセスは、Best Effort サービスのため AVB クラウドの外にあっても問題はない。

QoS 要件を満足するためには、SR クラス・ストリーム毎に経路上の第2層スイッチ(AV Bridge)のリソース確保が不可欠だ。具体的には、必要な帯域幅確保と 最大遅延時間の要件を満たしているかの確認が必要になる(図5)。このため、IEEE 802.1Qat では、SRP により End to End でリソースを確保するシグナリングプロトコルを規定している。このシグナリングプロトコルは、AVB ストリーミングデータのみに適用し、SR クラスA/B のクラスの異なるストリーム予約ができるようになっている。帯域等の資源予約は RSVP と同じように、フローが通過する経路を SRP メッセージが通ることで、資源を予約する仕組みだ。

クラス | 転送時間 フレーム間隔 | End to End 遅延時間 | TSN 優先度 | 最大Hop数 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
CDT クラス | 500μ秒以下 | 100μ秒以下 | 別格 | 5 | |
SR クラスA | フレーム間隔 125μ秒以上 | 2m秒以下 | 1 | 7 | クラスA/B合計 が75%以下 |
SR クラスB | フレーム間隔 250μ秒以上 | 50m秒以下 | 2 | 7 | クラスA/B合計 が75%以下 |
Control Traffic | ー | ー | 3 | 5 | gPTP/SRP 等 |
Best Effort | ー | ー | ー | ー | ー |
2つの SR クラスの大きな違いはネットワーク内での最大遅延時間だ。SR クラス A の最大遅延時間 は 2ミリ秒、SR クラス B は 50ミリ秒だ。さらに、両方の SR クラスに割り当てられる帯域幅は合計 帯域の最大 75% に制限される。100Mbit/s イーサネットでは、AVB フレーム用に合計 75Mbit/秒の最大帯域幅が予約できる。容量の少なくとも 25% の帯域は、Best Effort などの非 AVB フレームに残されている(表1)。
Ethernet TSN の QoS
-
3-4.Ethernet TSN の QoS
Ethernet TSN の QoS(1)IntServ(イントサーブ)
Ethernet TSN の QoS 体系での位置づけは図1 のようになっていて、優先制御と帯域制御を組み合わせることで、リアルタイム性を実現している。優先制御は SPQ(Strict Priority Queueing […] -
3-4.Ethernet TSN の QoS
Ethernet TSN の QoS(2)Ethernet AVB 登場
従来のアナログ AV 機器は、ほぼ全ての機器を 1対1 でケーブル接続することが常識だ。しかも、ケーブルやコネクタ規格はインタフェースごとに異なるため、オーディオ機器の背面には多くのコネクタがあり、様々なケーブルが這いま […] -
3-4.Ethernet TSN の QoS
Ethernet TSN の QoS(3)IEEE 802.1Qat:SRP / 配信手順
SRP(Stream Reservation Protocol:ストリーム予約プロトコル)は、ストリームの配信経路を確定し、経路上のスイッチやエンドステーション(映像表示装置など)の帯域確保と最悪時の遅延時間の確認を行う […] -
3-4.Ethernet TSN の QoS
Ethernet TSN の QoS(4)IEEE 802.1Qat:SRP / MSRP 動作とストリーム配信の可否判断
ネットワーク構成を単純化したモデルで、改めて MSRP の動作と Talker と Listener が送信する各種パラメータを説明したい。 図1 はMSRP 説明モデルで、次の要素からできている。全ての要素には MSR […] -
3-4.Ethernet TSN の QoS
Ethernet TSN の QoS(5)IEEE 802.1Qat:SRP / MSRP 属性
Asking、Advertise、Ready メッセージを交換することで、Talker/Listener 間の帯域や遅延時間などの QoS リソース確保を行うことはすでに説明した。これら以外にも、Talker/Liste […] -
3-4.Ethernet TSN の QoS
Ethernet TSN の QoS(6)その他時間帯の QoS:SPQ(絶対優先)
Ethernet TSN は、ハードリアルタイムが必要な工作機械などの制御データとその他のデータの時間帯を分けている。制御データが収まる「CDT専用時間帯」は、従来のフィールドバス同様に厳密なタイミングやデータ量設計を行 […] -
3-4.Ethernet TSN の QoS
Ethernet TSN の QoS(7)その他時間帯の QoS:Credit Based Shaper(帯域制御)
CBS( Credit Based Shaper)の基本動作原理は、リーキーバケットモデルだ。図1 の様に、蛇口から注いだ水がバケツの穴から常に一定量漏れ出すモデルだ。さらに細かく分類すれば「 Leaky bucket […] -
3-4.Ethernet TSN の QoS
Ethernet TSN の QoS(8)全体動作検証
Ethernet TSN は、制御データを確実に伝送する「CDT 専用時間帯」と、プロトコル制御データ(gPTP、SRP 等)、映像ストリームやファイルなどの Best Effort データを伝送する「その他時間帯」に分 […]