LAN と基幹網の主役になるイーサネット
イーサネットは、登場以来競争の歴史だ(図1)。1980年2月 IEEE802 規格が正式に決まり、イーサネットは始まった。IEEE802 の名称はこの会議の開催日に由来する。登場してからすでに40年以上経過するが、最初の15年間は LAN(Local Area Network)の主導権争いだった。最初に競合として登場したのは IBM社が提唱する Token Ring 、次に登場したのは光の基幹リングに強い FDDI だ。最後に登場する競合規格は、伝送速度が 10Mbps から 100Mbps へと変わるタイミングで 100VG-Any LAN が登場した。

何れの競合規格もイーサネットの弱点である「リアルタイム性の欠如」を突く作戦だった。しかし、Token Ring/FDDI/100VG-Any LAN は敗退し、LAN の勝者はイーサネットだった。当時の LAN アプリケーションでは、リアルタイム性は重要視されなかったことが要因の一つだ。さらに、競合が主張した「リアルタイム性」がサイクル時間や遅延時間を保証できなかったことも要因の一つだ。競合ごとに勝敗を分けたポイントは異なるが、イーサネットの一貫した強みは「TCP/IP との親和性」と「短期間での高速化」だった。
競合規格に対するEthernetの優位性
Token Ring に対する優位性 | → オープンな規格/高速性 |
FDDIに対する優位性 | → コスト |
100VG-Any LANに対する優位性 | → 既設設備(10Mbps)との互換性 |
一貫した強み | → TCP/IPとの親和性 / 短期間での高速化 |
LAN の勝者となったイーサネットの次のターゲットは、キャリアの基幹網だった。主な競合は SONET/SDH と ATM だ。ATM は音声処理を強く意識した仕様のため、ファイル転送やWebアクセス用途に向かず早々に敗退した。SONET/SDH は非常に優れた通信方式であるが、コストパフォーマンスに優れたイーサネットが優勢になった。現在でも、この2つの方式は共存している。 SONET/SDH に対するイーサネットのもう一つの優位性は「シームレス」だ。ネットワークに接続されるクライアントPCやサーバは、ほぼ全てがイーサネットで接続されている。これらの端末間をイーサネットで接続すれば、面倒な変換は必要ない。中央にある基幹網ではなく、圧倒的な数がある「端末」と「アプリケーション」が市場支配の大きな要素になった例だ。
フィールドネットワークの変遷
次に、フィールドネットワークの変遷を見てみよう。図1 の様に、RS485 をベースとするフィールドバスは、1990年台に普及活動を開始している。 PROFIBUS は1989年、 DeviceNet は1994年に規格が制定された。しかし、物理層の RS485 は1960年代に登場した古い規格で、当初からパフォーマンスに問題を抱えていた。そこでRS485 に代わる次世代の通信技術ベースとして、1990年代には LAN の主流として普及していたイーサネットが注目された。しかし、イーサネットには工場や物流現場では使用できない(使いたくない)課題があった。主な課題は次の2点だ。
- リアルタイム性の欠如
- 対環境性(温度/粉塵/ノイズ/防水性等々)
当初はイーサネットでのリアルタイム性実現は、大きな疑問だった。しかし、2000年代に様々な「産業用イーサネット」が登場し、2017年には「産業用イーサネット」が新規市場の過半を占めるようになった(図2 参照)。しかし、新たな問題が発生した。標準イーサネットのままではリアルタイム性は依然弱く、リアルタイム性を強化すると標準から乖離し始めることだ。
産業用イーサネットが急速に市場を奪い、従来型のRS485ベースのフィールドバスは劣勢だ。WiFi等の無線は、常に6~7% の市場を確保し堅調だ。
IEEE802 では解決策として、リアルタイム性を標準規格に持ち込む作業を開始した。2012年に規格化が完了した「Ethernet AVB」をベースに「Ethernet TSN(Time Sensitive Network)」の規格化を開始し、2019年に規格化をほぼ完了した。規格化当初は、100Mbps と1Gbps の2種類であったが、現時点(2022年)では 10Gbps と 25Gbps 製品が発表されている。イーサネットの一貫した強みである「短期間での高速化」が発揮された結果だ。
制御ネットワークは、10年間の RS485 ベースのフィールドバス、20年間の産業用イーサネットの時代を経て、2020年あたりから「Ethernet TSN との融合」の時代に入ったようだ。情報ネットワークと制御ネットワークの融合、制御ネットワークの高度化と高性能化の流れは、2015年にドイツが提唱した「Industry 4.0」の影響がありそうだ。
標準イーサネットのもう一つの課題「耐環境性」は、EtherNet/IP、EtherCAT、PROFINET 等の産業用イーサネットで、耐環境性の半導体、コネクタやケーブルが提供され、すでに解決している。 Ethernet TSN の物理層は、Encoding/Decoding などは規定しているが、コネクタやケーブルは規定していない。コネクタやケーブルなどは規格化団体や業界団体に任せた形だ。
表1 は、屋内機器/屋外機器/車載機器の環境性の概要、表2 は半導体の温度規定だ。一番の違いは動作温度だ。信頼性や要求寿命も異なる。IEEE802 委員会が産業用や車載用の物理層を各業界に任せている理由はここにある。
項目 | 屋内通信機器 | 屋外通信機器 | 車載通信機器 |
---|---|---|---|
製品の特性 | 最新・最高性能が必要 | 最新・最高性能が必要 | 信頼性・品質・保守性が重要 |
保守・修理 | 基本は装置交換 | 基本は装置交換 | 修理または交換 |
寿命 | 実質 3~5年 | 実質 3~5年 | 15年を求められる(平均12年) |
品質 | 初期故障率 0.2%以下 | 初期故障率 0.2%以下 | 通信機器の1/10~1/100を要求 |
消費電力 | 高性能・高機能を要求 | 高性能・高機能+低消費電力 | 低消費電力 |
技術トレンド | 最新技術が必要 | 最新技術が必要 | 安定した技術が必要 |
温度条件 | 0~40°C | -10~60°C | -40~120°C |
標準イーサネットの主な対象は屋内通信機器市場だ。機器の屋外設置や車載機器への組み込みは、環境性能要件の中で特に温度条件への対応が必要だ。メーカや車種により異なると思うが、車載通信機器は一般的な通信機器に比べ要求寿命が長い。信頼性や寿命に注意が必要だ。
温度グレード | 温度範囲 | 用途 |
---|---|---|
C | 0~70°C | Commercial(民生用) |
E | 0~85°C | Extended(民生用拡張) |
I | -40~85°C | Industrial(産業用) |
H | -40~125°C | Temperature/Automotive(車載用) |
M(P) | -55~125°C | Military (plastic)(軍用) |
標準イーサネットは一般的に民生用で、使用する半導体の温度グレードは一般的な「C」か「E」だ。 Ethernet TSN は、産業用や車載用がターゲット市場だ。Ethernet TSN の半導体は、「I」または「H」の温度グレードへの対応が必要だ。高速性、低コスト、広範な動作温度を満足する必要がある。
Ethernet TSN
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3.Ethernet TSN
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