車載ネットワーク(3)CAN規格の歴史と概要

CAN 規格の歴史

CAN(Controller Area Network)は、、1983年にBosch社が開発した通信プロトコルだ。1986年に公式発表され、1987年に販売を開始した。CAN は数度に渡り規格が改定されている。1991年に CAN 2.0 を発行した。CAN 2.0 には2つのバージョンがある。CAN 2.0A は11ビットの識別子を持つ標準フォーマット、CAN 2.0B は29ビットの識別子を持つ拡張フォーマットだ。1993年に ISO 11898 に登録され、その後データリンク層を規定する ISO 11898-1、高速 CAN 物理層を規定する ISO 11898-2 に再構成された。さらに低速 CAN 物理層を規定する ISO 11898-3 が発表された(図1)。

CAN 規格改定の歴史
図1 CAN 規格改定の歴史

その後も、Bosch社は CAN 規格を拡張し、 CAN FD ( CAN with Flexible Data-Rate)を2012年に発表している。CAN FD は、調停(アービトレーション)の後、ビットレートを切り替える機能や8バイトを超えるデータ長のサポートする機能を新たに規定している。2018 年に CAN XL を、2021年には CAN FD Light を発表している。

米国や EU では、自動車の自己診断標準である OBD2 に対応するプロトコルとして、CAN 等の搭載が義務付けられている。まさに、自動車業界のデファクトスタンダードだ。

CANの適用分野

CANは車載ネットワーク用として開発された。しかしこの20年ほどの間に、他の業界でもCAN の信頼性やメリットが認識され、幅広い用途でCANが導入された。鉄道用途として、路面電車、トラム、地下鉄などに CAN が導入されている。航空宇宙用途にも採用されている。医療機器分野では、医療機器間ネットワークとしてCANを利用している。手術室の照明、手術台、カメラ、X線装置、患者用ベッドなどを CAN で接続し、システムとして制御している。

CAN の適用領域は、確実な伝送が求められる(ハードリアルタイム性)領域だ。リアルタイム性が必須ではない領域や高速伝送が要求される通信分野での採用事例は少ない。

CAN 産業分野適用領域
図2 CAN 産業分野適用領域

CAN 自動車制御での位置付け

最近の自動車には、数十個の ECU(Electronic Control Unit)が搭載されている。エンジンなどのパワートレイン制御、ステアリングやブレーキなどのシャシー制御だけではなく、パワーウィンドウ、ミラー調整、電動シート、ドアロックなどのボディ制御にも ECU の利用は広がっている。

単独で動作するサブシステムもあるが、他のサブシステムとの通信が必要なシステムが多数ある。 CAN はサブシステム間の通信を担う技術として開発された。例えば、駐車支援システムでは、ギアをバックに入れると、カーナビ画面がバックモニターに切り替わり、助手席側のドアミラーが縁石が見える位置まで傾く。雨が降っていれば、雨滴を検出しリアワイパーが動く。この程度のシステムでも、多くのセンサーや駆動系が連携して動作する。今や、複数の ECU をつなぎ連係動作を可能にする「車載ネットワーク」抜きでは自動車は作れない時代だ。

車載ネットワークには、CAN、LIN、MOSTやFlexRayなどがあるが、CAN は主に信頼性や確実性が求められるところに使用される。通信速度や信頼性に厳しくないボディー系には CAN のサブバスとして LIN が使われている。

自動車適用領域
図3 CAN 自動車適用領域

CAN 規格位置付け

図4 は、 20年前に LIN コンソーシアムが発表した資料を基に作成した車載ネットワークの相関図だ。高速通信分野では CAN 、低速・低価格分野では LIN が制御用車載ネットワークの主役だ。 CAN-A と LIN は競合するが、コスト面で有利な LIN が強い。より高速な分野では、CAN FD と FlexRay が競合するが、CAN と上位互換性がある CAN FD が強く、FlexRay は劣勢だ。今後は、ギガの帯域幅も含め、CAN と Ethernet TSN の主導権争いが始まりそうだ。

CAN 位置づけ
図4 CAN 位置づけ

CAN 規格概要

SAE(Society of Automotive Engineers)では、CAN の通信速度で以下の様なクラス分けをしている。ISO規格では、クラスC は高速 CAN(High Speed CAN)、クラスBを低速 CAN(Low Speed CAN)と呼ぶ。特に混乱のない限り、ISO の名称を使用する。また、物理層の違いは上位のリンク層には影響を与えないので、特に断りのない限り「高速 CAN 」を前提に話を進める。

SAE クラスISO 規格通信速度主な用途
クラスA~10kbpsパワーウィンドウ、ミラー、ライト類
クラスB低速 CAN(Low Speed CAN)10~125kbps故障診断、メータ表示系、空調類などの情報系
クラスC高速 CAN(High Speed CAN)125kbps~1Mbpsパワートレイン、トランスミッション、ブレーキなどリアルタイム系
表1 CAN SAE 分類とISO 規格

表2 は、ISO で規定する高速 CAN と低速 CAN の主な規格だ。

項目 規格概要
高速 CAN 低速 CAN
データリンク層規格 ISO 11898-1
ネットワーク構成 マルチマスタ方式
アクセス制御 CSMA/CA または CSMA/CR
データ識別 メッセージ・アドレッシング
フレーム形式 データフレーム・リモートフレーム
オーバーロードフレーム・エラーフレーム
ネットワークトポロジ バス型
伝送路 2線式/差動電圧
伝送方式 半二重通信
物理層規格 ISO 11898-2 ISO 11519
バスの形状 両端終端 プルアップ
通信速度 最大 1Mbps 最大 125Kビット/秒
最大バス長 40m/1Mbps 1km/40Kbps
接続ノード数 最大 30台 最大 20台
フォールトトレラント なし なし
表2 CAN 規格概要

CAN トポロジ

ネットワークに接続する通信機器を「ノード」と呼び、複数のノードを相互接続しネットワークを構成する方法を「トポロジ」と呼ぶ。車載ネットワークでは、ECU( Electronic Control Unit )がノードになる。トポロジには、 Bus/Line/Star/Tree/Ring/Mesh がある(図5)。一般的なオフィスネットワークのトポロジの要件は、次の3点だ。

  • 配線コスト :配線及び配線工事を極力抑える
  • 配線集中 :配線の集中を避ける
  • 冗長性 :切断などの配線トラブルの高速検出・復旧ができる

車載ネットワークではこれらの要件に加え、次の2点も重要だ。

  • 配線スペース・ケーブル重量削減
  • 接続が容易

CAN は、配線スペース・ケーブル重量削減や接続の容易性を優先し、バス型を選択した。バス型は、配線設計が比較的簡単で、ノードの増設削除も難しくない。半面、冗長性がなく1カ所の障害が全体に及ぶ欠点がある。

トポロジ
図5 トポロジ

車載ネットワーク

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。