トポロジ
ネットワークに接続する通信機器を「ノード」と呼び、複数のノードを相互接続しネットワークを構成する方法を「トポロジ」と呼ぶ。車載ネットワークでは、ECU( Electronic Control Unit )がノードになる。トポロジには、Bus/Line/Star/Tree/Ring/Mesh がある(図3-5)。 LIN は CAN の低コストなサブバスとして、次の要件が必須だった。
- 徹底した低コスト
- 配線スペース・ケーブル重量削減
- 接続が容易
徹底した低コストと CAN との親和性を実現するため、バス型を選択した。しかも、信号線は1本でだ。

すでに普及していた CAN の実装に必要なソフトウェアやハードウェアのコストは、シートヒータやパワーウィンドウの制御には高価すぎる。この問題を解決し、低コスト・低価格・ローエンドの自動車用ネットワークとして LIN は開発された。トポロジはバス型で、シンプルなシングルマスタ方式 (図2)を採用した。
LIN のハードウェアは、低コストの8ビットマイクロプロセッサ内蔵の UART( Universal Asynchronous Receiver Transmitter:汎用非同期送受信回路)と LIN トランシーバで構成される (図3)。図4 のように、LIN バスのハイレベルを「リセッシブ(劣勢)」ローレベルを「ドミナント(優勢)」と呼ぶ。LINトランシーバは、ISO9141に準拠したもので、電気特性としては通常 8 ~18Vの範囲で動作するが、LINトランシーバは40Vの過電圧に耐えられる仕様になっている。電源も、特別な電源ではなくバッテリ電源をそのまま使用している(もちろん保護回路付き)。
LIN ネットワークには、1台のマスタノードとマスタノードの要求に応える複数のスレーブノードが、1本のバスラインに接続される。全てのノードはバス接続され、送信データを全ノードが共有する。送信権を持つノードは常に1つで、複数のノードが同時に送信すると衝突が発生し、機能しなくなる。衝突を避けるため、送信権の付与やタイミングは全てマスタノードが取り仕切る仕組みだ(図5)。
マルチマスタとシングルマスタ
LIN ネットワークは、唯一のマスタノードと複数のスレーブノードが1本のバスラインに接続される「シングルマスタ方式」だ。マルチマスタ方式で必須な「調停機能」を削除し、制御 LSI の構造を単純化するためだ。ここでも、「徹底した低コスト化」のコンセプトが貫かれている (図2)。




クロック同期
LIN バスクロックの誤差は、マスタノードが±0.5% 、スレーブノードは±14%(Rev 2.x)だ。コストを下げるためにかなり精度を犠牲にしている。LIN フレーム前半のヘッダはマスタノードが送信するが、後半のレスポンスはマスタノードまたはクロック誤差が大きいスレーブノードが送信する。フレームの途中で送信するノードが切り替わることがある作りだ。
後半のレスポンスをマスタまたはスレーブノードが送信するのは、マスタノードもスレーブノードの1つとして動作するためだ。
LIN バスはマスタとスレーブでクロック精度が異なる。また、スレーブノードが送信するデータは最大で8バイトあり、かなり長い。送受信ノード間での同期ずれを防ぐために、LIN は2つの手法で対応している。
1つ目は、マスタノードは、Sync byte field で 0x55 (1/0 繰り返し)を送信する。スレーブノードは受信した Sync byte field の Start bit の立下りエッジから4回分の立下りエッジ間の時間を計測し加算する(合計で 8T サイクル分)。その結果を 8 で割ることで 1 ビット時間(1Tサイクル: 1 ビットタイム)を算出する。各スレーブノードは、この計測時間を基に UART の伝送速度を調整する。また、算出した 1 ビットタイムから Break field の長さが規定時間内であることを確認する。 Break field の長さは 13 ビット時間以上だ(図6)。

2つ目は、フレーム先頭のみで同期をとったのでは後半で同期ずれを起こす可能性があるが、各バイトの先頭(Start Bit)で再同期をとることで同期ずれを防いでいる。仕組みは簡単だが有効な同期手法だ(図7)。

外来ノイズの影響
LIN バスは、信号線とグランド線による不平衡伝送だ。不平衡伝送は外来ノイズに弱く、エラー発生率が高い。不平衡伝送のフィールドバスとして RS232C がある。RS232C は基準電圧 (GND)を安定させるため、ノード間の GND を接続するが、LIN にはこの GND 線がない。基準電圧(GND)はノードの場所ごとに異なり、さらに不安定になる(図8)。もちろん、電源(VBAT)や GND との接続に保護回路やノイズ対策は施されているが、本質は変えようがない。

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