節電機能
車載ネットワークでは「節電」は重要なテーマだ。限られたバッテリー電力と発電量の範囲内で動作しなければならない。LIN は限られた電力を有効に使うため、「ネットワーク管理」として Sleep と Wake Up 機能を規定している。必要な時だけ Wake up (目覚め)し、電力消費を削減することが狙いだ。その他のネットワーク管理機能はアプリケーションに任され、特に規定していない。
LIN 規格では、その他のネットワーク管理機能の例として、「Limp Home」管理はアプリケーションに残してあげた・・・と書かれている。面白い表現だ。
Wake up/Sleep 機能は、LIN 規格バージョンにより、タイムアウト時間などのパラメータが異なる。特に断りのない限り、LIN 2.1 規格のパラメータで説明を進める。
「limp-home」とは「家にたどり着く」の意味から、故障車を部品の損傷を抑えつつ、低速走行で自宅や整備工場 などに安全にたどり着けるようにする自動車のフェイルセーフモード/装備機能の一つである。引用:synthesist シンセシスト
スレーブノードの状態遷移
スレーブノードの状態遷移は、次の3つのフェーズで構成されている。電源接続やリセットで「Initializing」に移行し、初期化を完了すると「Operational」に移行する。「Go To Sleep」コマンドを受信すると「Bus sleep mode」に移行し節電モードになる。節電モードからの復帰は「Wake Up」信号の受信だ(図1)。
Go to sleep コマンド
Go to sleep コマンド(フレーム)は、マスタタスク(マスタノード)がスレーブタスク(マスタノード/スレーブノード)に Bus Sleep Mode への移行を要求するブロードキャストコマンドだ。LIN バスは非アクティブ状態になる。しかし、スレーブノードに省電力モードを強制するのではなく、移行するか否かはスレーブタスクのアプリケーションに任されている。
マスタノードは、マスタからスレーブへの動作要求フレーム(Protected Identifier Field: 0x3C)、Data Byte1 に 0x00、2~8 Data Byte に0xFFを格納し送信する(図2)。要求フレームを検知したスレーブノードは、スリープモードに移行し通信を停止する。しかし、スレーブノードは Data Byte1 の0x00 を確認するが、Data Byte2~8 の0xFF を無視するようになっている。これは、LIN 規格の 1.x では Data Byte2~8 の 0xFF 設定が明記されていないためだ。この辺りにも、互換性を取る工夫と苦悩が見える。
Go to sleep コマンド配信完了後、LIN バス上に Wake Up 信号が送信され、スリープモードが解除されるまでLIN バスは非アクティブ状態が維持される。
Bus Sleep Mode モードへは、マスタが送信する Go to sleep コマンドで移行するのが一般的だ が、LIN バスの非アクティブ状態が 4~10秒続くと Bus Sleep Mode に移行する。いわゆる「バスアイドルタイムアウト」だ。バスタイムアウト時間やバスタイムアウトから復帰する時間は、LIN のバージョンで異なる。ここも注意が必要だ。規格バージョンによる違いは、表1 を参照いただきたい。
Wake up
スリープ中の任意のノードは、Wake up 信号を送信し、LIN バスの目覚ましを要求することができる。Wake up 信号は、0.25m秒~5m秒の間バスを強制的にドミナント状態にすることで始まり、バスがリセッシブ状態に戻る(信号立上げ↑)ことで有効になる。すべてのスレーブノードは、Wake up 信号(0.15m秒より長いドミナントの後にリセッシブに遷移)を検出後、100m秒以内に初期化を完了し、送受信の準備を完了しなければならない。送信側の信号幅は 0.25m秒~5m秒の幅があり、検出側は0.15m秒と短くなっている。これは、クロック誤差や検出遅れを考慮したマージンだ(図3)。
マスタノードは、スレーブの準備が整ったところでヘッダ送信を開始し、Wake up の要因を調べる(図4)。マスタが送信する Break field は Wake up 信号として機能するため、マスタノードは通常のヘッダを送信することがある。しかし、この場合は、スレーブノードの送受信準備が完了していないことがあるため、スレーブノードはコマンドを処理できないことがある。
ノードが Wake up 信号を送信したにも関わらず、マスタノードがフレーム送信を開始しない (Brake field を検出できない)場合、または Wake up 信号から 150m秒~250m秒以内に別のノードからの Wake up 信号を受信できない場合は、新しい Wake up 信号を送信する必要がある。この操作は連続して3回まで繰り返すことができる。これを Wake up 信号の1ブロック送信と呼ぶ(図5) 。Wake up 信号の連続送信が起きる理由として、LIN バス上の全てのノードが Wake up に反応していないことが考えられる。
これとは逆に、Wake up 信号送信を繰り返すノードが、バス信号をうまく読み取れていないことが考えられる。つまり、このノードが故障中でその他のノードは実は正常に動作しているケースだ。このようなケースに備え、3回目の Wake up 要求後、4回目の Wake up 信号を送信 する前に少なくとも 1.5 秒待つ仕組みになっている。1.5 秒の空き時間を作ることで、他のノードは障害の起きているノードに邪魔されず通信ができる(図6)。
バージョンによるパラメータの違い
パラメータ | LIN 規格名称 | LIN 1.3 | LIN 2.0 | LIN 2.1 |
---|---|---|---|---|
Bus Idle タイムアウト時間 | TTIME_OUT | 25,000Tbit | 4秒 | 4秒~10秒 |
Wake up 信号幅 | TWUSIG | TWUSIG 8Tbit | 0.25m秒~5m秒 | 0.25m秒~5m秒 |
Wake up 信号デリミタ | TWUDL | 4~64Tbit | 100m秒 | 100m秒 |
Wake up 信号送信後タイムアウト時間 | TTOBRK | 最大 128Tbit | 150m秒 | 150m秒~250m秒 |
Wake up 信号3回送信後タイムアウト時間 | TT3BRK | 最小 15,000Tbit | 1.5秒 | 1.5秒 |
LIN 1.x は、時間をビット数で定義、LIN 2.x では時間で定義している。
Tbit:基本ビット時間 (車載ネットワーク(10)LIN ハードウェア 図6 クロック同期(1) 参照)
エラー処理
エラー | 検出ノード | エラー内容 | |
---|---|---|---|
マスタ | スレーブ | ||
Bit-Error | 〇 | 〇 | 送信ノードはバスを監視し、送信ビットと受信ビットが異なると Bit- Error になる。Bit-Error を検出すると、次バイトから送信を停止 |
Checksum-Error | 〇 | 〇 | 受信した全データ バイトの CRC 演算(反転modulo-256)とChecksum の 加算結果が 0xFF でない場合 Checksum-Error になる |
Identifier-Parity-Error | 〇 | 〇 | Protected Identifier Field の Parity0 または Parity1 が算出値と一致しない 場合、Identifier-Parity-Error になる |
Slave-Not-Responding-Error | 〇 | マスタがヘッダ送信後、所定のタイムアウト時間内にスレーブからレスポン スを受信できない場合、Slave-Not-Responding-Errorになる | |
Inconsistent-Synch-Field-Error | 〇 | Sync byte field があらかじめ設定されたビットレート許容範囲外の場合、 Inconsistent-Synch-Field-Error になる | |
Physical-Bus-Error | 〇 | LIN バスが、電源や GND 等にショートし、有効なメッセージを送信できな い場合、Physical-Bus-Error になる |
発振子
マイクロプロセッサや通信の基準クロックになる発振子には様々な方式がある。一般的には水晶振動子が使われるが、LIN 規格では水晶振動子以外にも、精度の低いセラミック振動子やRC 発振器の使用を許している。
RC発振器の発振周波数は、抵抗とコンデンサの掛け算で決まる。抵抗やコンデンサは、製造時のバラツキ、温度変化や経年変化で、±5%~±10% 程度の誤差がある。LIN 規格では、クロッ ク精度を±14% 以内と決めているが、抵抗やコンデンサの誤差を考えると、ある程度部品精度を選ぶ必要がありそうだ。
コストや周波数精度を考えると、マイクロプロセッサに埋め込まれたシリコン振動子の利用が広がりそうだ。マイクロプロセッサのシリコン上に発振回路を形成しているため、低コストで場所を取らない。発振周波数も GHz オーダまで対応でき、精度も±数%で収まる。少なくとも、スレーブノード(±14%)で使えそうだ。最近、セラミック振動子並みの精度の製品も発表されている。今後は、マスタノード(±0.5%)での使用も可能になりそうだ。
セラミック振動子の周波数精度は、±0.1 % 程度だ。水晶発振子より精度は落ちるが、小型で安価だ。一般的な水晶振動子の周波数精度は±30ppm程度で、RC発振器やセラミック振動子に比べはるかに精度が高い。もちろん車載機器に使用することはないが、温度償回路内蔵の TCXO 、発振回路全体を恒温槽に入れたOCXOなどがある。
更に高精度、高安定なセシウム、水素メーザ、ルビジウムなどの原子時計がある。国の標準時、GPSやVLBI(超長基線電波干渉計)などで使用する。
車載ネットワーク
-
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(1)変遷
自動車の基本的な機能(走る・曲がる・止まるなど)は、機械や油圧などの機能ごとの比較的単純な制御だった。アクセルペダルを踏めば加速し、ブレーキペダルを踏めば車が止まる。排ガス規制やエンジン高性能化の要求が強くなり、エンジン […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(2)社会の変化と技術トレンド
社会の変化 2020年代に入り、自動車制御は大きく変わった。自動運転の進展が大きな要因だ。条件付きで自動運転を可能とする自動運転レベル3や、無人運転を可能にする自動運転レベル4が登場した(表1)。自動運転レベルの基準は米 […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(3)CAN規格の歴史と概要
CAN 規格の歴史 CAN(Controller Area Network)は、、1983年にBosch社が開発した通信プロトコルだ。1986年に公式発表され、1987年に販売を開始した。CAN は数度に渡り規格が改定さ […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(4)CANのマルチマスタとシングルマスタ
CAN は、複数のマスタノードが1組のバスラインに接続される「マルチマスタ」方式だ。全てのノードはバス接続され、送信データを全ノードが共有する。マルチマスタ方式は、平等にバスにアクセスでき、バスに空きがあればどのノードも […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(5)CAN 通信手順とCSMA/CR 衝突時の調停
CAN には、データフレーム/リモートフレーム/オーバーロードフレーム/エラーフレームの4種類のフレームタイプがある。データフレームには標準フォーマットと拡張フォーマットの2種類がある。両者の違いは、識別コード(ID)の […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(6)CAN 通信手順とフレーム構造
CAN には、データフレーム/リモートフレーム/オーバーロードフレーム/エラーフレームの4 種類のフレームタイプがある(表1)。 名称概要データフレーム通常のデータ送信フレーム(標準/拡張フォーマット)リモートフレームデ […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(7)CAN 通信手順とエラー処理
車載ネットワークは、オフィスネットワークに比べ格段に環境条件が厳しい。CAN は平衡伝送方式で比較的ノイズに強いが、GND は不安定で電気的にも厳しい環境だ。障害発生時も、ネットワーク全体を停止させることは危険だ。一部の […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(8)CAN ハードウェア
40年前の技術の影響 40年前に開発された CAN の仕様は、当時の技術を強く反映している。当時のマイクロプロセッサは、 8ビット処理でクロックも4MHzや8MHz 程度であった。メモリーも非常に高価で容量も4キロバイト […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(10)LIN ハードウェア
トポロジ ネットワークに接続する通信機器を「ノード」と呼び、複数のノードを相互接続しネットワークを構成する方法を「トポロジ」と呼ぶ。車載ネットワークでは、ECU( Electronic Control Unit )がノー […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(9)LINの規格概要
LIN規格 LIN(Local Interconnect Network)は、車載ネットワークのコストダウンを目的に、LIN コンソーシアムで策定された通信規格だ。LIN コンソーシアムは、欧州の自動車メーカや半導体メー […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(11)LIN 通信手順
マスタタスクとスレーブタスク LIN は1つのマスタノードと複数のスレーブノードで構成され、唯一のマスタノードが、ネットワーク全体の通信を制御する方式だ。ネットワーク上での衝突や調停(Arbitration)をなくし、低 […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(12)LINのフレーム構造
LIN フレームは、マスタタスクが送信する「ヘッダ」部と、スレーブタスクが送信する「レスポンス」部で構成される(図1)。ヘッダ部は次の5つで構成される。 (1) Break fieldフレームの区切り(13ビット以上)( […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(13)LINの節電機能・エラー処理・発振子
節電機能 車載ネットワークでは「節電」は重要なテーマだ。限られたバッテリー電力と発電量の範囲内で動作しなければならない。LIN は限られた電力を有効に使うため、「ネットワーク管理」として Sleep と Wake Up […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(1)車載 Ethernet 物理層
概要 Ethernet を底辺で支えているのが物理層だ。物理層の基本機能は、0と1で表現されるデジタルデータを電気信号や光パルスに変換し媒体を介して通信することだ。OSI 階層では最下層に相当する。第2層以上の論理層と最 […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(2)SPE( Single twisted Pair Ethernet )
SPE( Single twisted Pair Ethernet ) 従来の汎用 Ethernet は、RJ45 コネクタと 2対または 4対の UTP ケーブルで機器間を 1対1 接続するトポロジを採用している。車載 […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(3)物理層規格
解説対象規格 Ethernet は40年以上に渡り規格が追加・修正された歴史がある。10Mbps の 10BASE5 から始まり、400Gbpsまで拡張されている。車載ネットワークを対象とする 10Mbps から1000 […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(4)「10BASE-T1S」 概要
10BASE-T1 登場の背景 汎用 Ethernet はオフィス、産業分野や通信キャリアで広く使われている業界標準の通信規格だ。パソコンやプリンタなどの機器にも標準実装されている。技術的にも完成し最も低価格な通信方式の […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(5)「10BASE-T1S」 4B5B/DME/PAM2 変換 / フレーム構造
4B5B/DME/PAM2 変換 汎用 Ethernet の 10BASE5/2/-T は、伝送路上のフレーム間ギャップは無信号状態になっている。これは、1本の伝送路を複数ノードで共有する方式のため、信号の衝突を避けるた […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(6)「10BASE-T1S」 PLCA
PLCA 10BASE-T1S のマルチドロップ環境(Mixing Segment)では、複数ノードが半 2重通信でバス接続される。複数のノードが同時に通信を開始しようとした場合に衝突回避のため、衝突回避機能 PLCA( […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(7)「100BASE-T1 」概要
100BASE-T1 登場の背景 永年に渡り車載ネットワークの主役は CAN だ。2012年に CAN FD が公開されるまでは、CAN の伝送速度は 1Mbps だった。2002年に CAN より高速な FlexRay […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(8)「100BASE-T1 」4B3B/3B2T/PAM3 変換 / フレーム構造
4B3B/3B2T/PAM3 変換 初期の 10BASE5/2/-T は、伝送路上のフレーム間ギャップは無信号状態になっている。これは、1本の伝送路を複数ノードで共有するバス方式のため信号の衝突を避けるためにはデータを送 […] -
4.車載ネットワークNEW基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(9)「100BASE-T1 」スクランブラスクランブラ スクランブラは、100BASE-T1 が動作時にコネクタやケーブルから放射する妨害波(EMI)を抑えるために実装された機能だ。電磁妨害波が他の機器の誤動作を引き起こすため、米国の FCC や日本の VCCI […]
-
4.車載ネットワークNEW基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(10)「1000BASE-T1」概要1000BASE-T1 登場の背景 2015年に 100BASE-T1 の標準化が完了したが、当時から 100Mbps では帯域不足との指摘があった。主な理由はカメラ映像の伝送だ。既に実用化された 100BASE-T1 […]
-
4.車載ネットワークNEW基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(11)「1000BASE-T1」符号変換の概要 80B81B / RS FEC初期の 10BASE5/2/-T は、伝送路上のフレーム間ギャップは無信号状態になっている。これは1本の伝送路を複数ノードで共有するバス方式のため、信号の衝突を避けるにはデータを送信していない期間を無信号にする必要がある […]
-
4.車載ネットワークNEW基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(12)「1000BASE-T1」符号変換 スクランブル/3B2T/PAM3 変換3B2T/PAM3 次に、3B2T/PAM3 変換の手順を説明する。 「図1 1000BASE-T1 符号化処理」は、3B2T/PAM3 の一連の信号変換の例だ。伝送クロックは 750MHz で、GMII の 125MH […]