社会の変化
2020年代に入り、自動車制御は大きく変わった。自動運転の進展が大きな要因だ。条件付きで自動運転を可能とする自動運転レベル3や、無人運転を可能にする自動運転レベル4が登場した(表1)。自動運転レベルの基準は米国の SAE( Society of Automotive Engineers)が作成した基準があり、日本もこれに準じている。
自動運転の実現には、エンジン・ブレーキ・ハンドル制御はもちろん、カメラや様々なセンサーとの連携が不可欠になる。
レベル | 自動運転レベル概要 | 運転操作の主体 | 対応する車両の名称 |
---|---|---|---|
1 | アクセル・ブレーキ操作またはハンドル操作のどちらかが、部分 的に自動化された状態。 | 運転者 | 運転支援車 |
2 | アクセル・ブレーキ操作またはハンドル操作の両方が、部分的に自動化された状態 | 運転者 | 運転支援車 |
3 | 特定の走行環境条件を満たす限定された領域において、自動運行 装置が運転操作の全部を代替する状態。 ただし、自動運行装置の作動中、自動運行装置が正常に作動しないおそれがある場合においては、運転操作を促す警報が発せられ るので、適切に応答しなければならない。 | 自動運行装置 (自動運行装置の作動が困 難な場合は運転者) | 条件付き自動運転車 (限定領域) |
4 | 特定の走行環境条件を満たす限定された領域において、自動運行 装置が運転操作の全部を代替する状態。 | 自動運行装置 | 自動運転車(限定領域) |
5 | 自動運行装置が運転操作の全部を代替する状態。 | 自動運行装置 | 完全自動運転車 |
自動運転のカギを握るのは車載カメラだ。自動運転レベル3と4では、カメラなどの ADAS (先進運転支援システム: Advanced Driving Assistant System)センサーは10個から20個程度になるといわれている。カメラの解像度は、1280×720 から 1920×1080 に変わり、更に 3840×2160 へと高精細に移行する。1 秒間のフレーム数や色深度も増える方向だ。
解像度や色深度を上げることでより精密な画像認識を行い、1秒間のフレーム数を増やすことで遅延を抑えるのが狙いだ。遅延時間は状況判断の遅れに直結する。秒30フレームでは約33ミリ秒、60フレームでは 約17ミリ秒遅れる。MPEG2 や H.264 などの一般的な画像圧縮では、圧縮と伸長に150ミリ秒~250ミリ秒 程度の時間がかかる。時速100kmで走る車は、150ミリ秒の間に約4m進む。
圧縮映像は 10Mbps 程度の帯域があれば、人間が見るモニター用としては十分過ぎる解像度がある。しかし、AI 等で画像を認識し、ブレーキやハンドル操作を行う自動運転では、圧縮映像の150ミリ秒の遅延は大きい。自動運転で非圧縮映像を使用する大きな理由は遅延時間だ。
非圧縮映像の帯域を考えると、現状のCAN 、FlexRayや MOST は使えなくなる可能性が高い。また同様に、車載Ethernet でも、100Mbps や 1Gbps では不十分だ。10Gbps や 100Gbps が必要になる可能性が高い。
水平解像度 | 垂直解像度 | フレーム/秒 | 色深度 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
8ビット | 12ビット | 16ビット | 20ビット | 24ビット | |||
1280 | 720 | 30 | 0.221Gbps | 0.332Gbps | 0.442Gbps | 0.553Gbps | 0.664Gbps |
1920 | 1080 | 30 | 0.498Gbps | 0.746Gbps | 0.996Gbps | 1.24Gbps | 1.49Gbps |
1920 | 1080 | 60 | 0.995Gbps | 1.49Gbps | 1.99Gbps | 2.49Gbps | 2.99Gbps |
3840 | 2160 | 30 | 1.99Gbps | 2.99Gbps | 3.98Gbps | 4.98Gbps | 5.97Gbps |
3840 | 2160 | 60 | 3.98Gbps | 5.97Gbps | 7.96Gbps | 9.95Gbps | 11.95Gbps |
技術トレンド
インテル創業者ゴードン・ムーアが、1965年に「集積回路の部品数が毎年2倍になる」と予測し、10年後の 1975年に「集積回路の部品数が2年ごとに2倍になる」と修正した。ムーアの予測は1975年以降もほぼ現実になり、「ムーアの法則」として知られている。
図1 は、1980年を起点にして、「携帯電話の通信速度」「CPU 集積度」「Ethernet 通信速度」「CAN 通信速度」「LIN 通信速度」の変化をグラフ化したものだ。赤の破線は「ムーアの法則」による予測線だ。 通信速度と半導体集積度という異なるファクターだが、CAN と LIN 以外は「ムーアの法則」に近い変化をしている。

車載ネットワークの主流は依然 CAN と LIN だ。CAN は約40年前に規格化が始まり、最高速度 1Mビット /秒の高速 CAN と最高速度 125kビット/秒の低速 CAN が普及している。2010年代に 8Mビット/秒 (ISO 規格では 5Mビット/秒)に高速化した CAN FD が発表され、最近 10Mビット/秒まで高速化した CAN XL が発表された。CAN は2線式のバス構造だが、この技術のベースになる RS485 は1960年代に開発されたかなり古い技術で高速化が難しい。
LIN は 20年以上前に規格化が始まり、最高速度は 20kビット/秒と CAN と比べてもかなり低速だ。LIN は1線式の不平衡型バス構造で、ノイズに弱く、さらに高速化が難しい。登場以来、伝送速度は変わらない。しかし、低速・低コストに特化することで、車載ネットワーク主役の一人だ。
Ethernet は CAN と同時期に登場し、当初は 10Mビット/秒の伝送速度だったが、現在は 400Gビット/ 秒まで高速化している。オープン規格でコストパフォーマンスが高いため、オフィスや通信キャリアのバックボーンなどに広く普及している。しかし、Best Effort(頑張ってみるが結果は保証しない)方式が災いし、確実性を求められる領域(ハード・リアルタイム)には適さなかった。状況が変わったのは、2012年から始まった「Ethernet TSN」の規格化だ。時分割多重の技術を持ち込み、確実な伝送を保証する時間帯と、従来の Best Effort の時間帯を分けることで、ハード・リアルタイム~ソフト・リアルタイム~非リアルタイムと全領域に対応できる仕組みに変わった。
Ethernet TSN の登場で、車載ネットワークや産業用ネットワークは、従来技術と Ethernet TSN が競合する時代に変わった。図2 は、車載ネットワーク技術の歴史とポジショニングだ。最近、Ethernet TSN 陣営は相次いで車載ネットワーク用の物理層規格を発表した。図1-5 のxxxxBase-T1 が車載ネットワークの 物理層規格だ。10Gビット/秒から 10Mビット/秒まで、ほぼ全領域をカバーするラインナップだ。「車載ネットワークの高速版は Ethernet TSN」をアピールしているように見える。最も遅い 10Mビット/秒 は、CAN の領域を狙っているようにも見える。

もう一つの側面は、オープンな技術と特定企業が強い影響力を持つ技術との競合だ。CAN はドイツのBosch 社が開発し、様々なサポートを行っている。LIN とEthernet TSN は、オープンな技術で様々な企業が関連製品を提供している。もちろん、LIN や Ethernet TSN はオープンな技術ではあるが、特許侵害には十分な注意が必要だ。
一方、現在主流の CAN の立場は厳しい。高速域はほぼ Ethernet TSN に押さえられ、低速域は LIN に押さえられている。低速域を狙った CAN A は、最近あまり話題にならない。高速域を狙った CAN XL は伝送速度だけでなくペイロードも拡張し、帯域増を図っている(図3)。今後の展開が気になるところだ。商品戦略の観点で考えると、上位と下位を押さえられた中間領域の商品は、難しい立場になる。低速域の LIN は目立った競合もなく、比較的安泰に見える。低速・低コストな領域がなくならない限り、このポジションをなくすことはなさそうだ。

車載ネットワーク
-
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(1)変遷
自動車の基本的な機能(走る・曲がる・止まるなど)は、機械や油圧などの機能ごとの比較的単純な制御だった。アクセルペダルを踏めば加速し、ブレーキペダルを踏めば車が止まる。排ガス規制やエンジン高性能化の要求が強くなり、エンジン […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(2)社会の変化と技術トレンド
社会の変化 2020年代に入り、自動車制御は大きく変わった。自動運転の進展が大きな要因だ。条件付きで自動運転を可能とする自動運転レベル3や、無人運転を可能にする自動運転レベル4が登場した(表1)。自動運転レベルの基準は米 […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(3)CAN規格の歴史と概要
CAN 規格の歴史 CAN(Controller Area Network)は、、1983年にBosch社が開発した通信プロトコルだ。1986年に公式発表され、1987年に販売を開始した。CAN は数度に渡り規格が改定さ […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(4)CANのマルチマスタとシングルマスタ
CAN は、複数のマスタノードが1組のバスラインに接続される「マルチマスタ」方式だ。全てのノードはバス接続され、送信データを全ノードが共有する。マルチマスタ方式は、平等にバスにアクセスでき、バスに空きがあればどのノードも […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(5)CAN 通信手順とCSMA/CR 衝突時の調停
CAN には、データフレーム/リモートフレーム/オーバーロードフレーム/エラーフレームの4種類のフレームタイプがある。データフレームには標準フォーマットと拡張フォーマットの2種類がある。両者の違いは、識別コード(ID)の […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(6)CAN 通信手順とフレーム構造
CAN には、データフレーム/リモートフレーム/オーバーロードフレーム/エラーフレームの4 種類のフレームタイプがある(表1)。 名称概要データフレーム通常のデータ送信フレーム(標準/拡張フォーマット)リモートフレームデ […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(7)CAN 通信手順とエラー処理
車載ネットワークは、オフィスネットワークに比べ格段に環境条件が厳しい。CAN は平衡伝送方式で比較的ノイズに強いが、GND は不安定で電気的にも厳しい環境だ。障害発生時も、ネットワーク全体を停止させることは危険だ。一部の […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(8)CAN ハードウェア
40年前の技術の影響 40年前に開発された CAN の仕様は、当時の技術を強く反映している。当時のマイクロプロセッサは、 8ビット処理でクロックも4MHzや8MHz 程度であった。メモリーも非常に高価で容量も4キロバイト […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(10)LIN ハードウェア
トポロジ ネットワークに接続する通信機器を「ノード」と呼び、複数のノードを相互接続しネットワークを構成する方法を「トポロジ」と呼ぶ。車載ネットワークでは、ECU( Electronic Control Unit )がノー […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(9)LINの規格概要
LIN規格 LIN(Local Interconnect Network)は、車載ネットワークのコストダウンを目的に、LIN コンソーシアムで策定された通信規格だ。LIN コンソーシアムは、欧州の自動車メーカや半導体メー […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(11)LIN 通信手順
マスタタスクとスレーブタスク LIN は1つのマスタノードと複数のスレーブノードで構成され、唯一のマスタノードが、ネットワーク全体の通信を制御する方式だ。ネットワーク上での衝突や調停(Arbitration)をなくし、低 […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(12)LINのフレーム構造
LIN フレームは、マスタタスクが送信する「ヘッダ」部と、スレーブタスクが送信する「レスポンス」部で構成される(図1)。ヘッダ部は次の5つで構成される。 (1) Break fieldフレームの区切り(13ビット以上)( […] -
4.車載ネットワーク
車載ネットワーク(13)LINの節電機能・エラー処理・発振子
節電機能 車載ネットワークでは「節電」は重要なテーマだ。限られたバッテリー電力と発電量の範囲内で動作しなければならない。LIN は限られた電力を有効に使うため、「ネットワーク管理」として Sleep と Wake Up […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(1)車載 Ethernet 物理層
概要 Ethernet を底辺で支えているのが物理層だ。物理層の基本機能は、0と1で表現されるデジタルデータを電気信号や光パルスに変換し媒体を介して通信することだ。OSI 階層では最下層に相当する。第2層以上の論理層と最 […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(2)SPE( Single twisted Pair Ethernet )
SPE( Single twisted Pair Ethernet ) 従来の汎用 Ethernet は、RJ45 コネクタと 2対または 4対の UTP ケーブルで機器間を 1対1 接続するトポロジを採用している。車載 […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(3)物理層規格
解説対象規格 Ethernet は40年以上に渡り規格が追加・修正された歴史がある。10Mbps の 10BASE5 から始まり、400Gbpsまで拡張されている。車載ネットワークを対象とする 10Mbps から1000 […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(4)「10BASE-T1S」 概要
10BASE-T1 登場の背景 汎用 Ethernet はオフィス、産業分野や通信キャリアで広く使われている業界標準の通信規格だ。パソコンやプリンタなどの機器にも標準実装されている。技術的にも完成し最も低価格な通信方式の […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(5)「10BASE-T1S」 4B5B/DME/PAM2 変換 / フレーム構造
4B5B/DME/PAM2 変換 汎用 Ethernet の 10BASE5/2/-T は、伝送路上のフレーム間ギャップは無信号状態になっている。これは、1本の伝送路を複数ノードで共有する方式のため、信号の衝突を避けるた […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(6)「10BASE-T1S」 PLCA
PLCA 10BASE-T1S のマルチドロップ環境(Mixing Segment)では、複数ノードが半 2重通信でバス接続される。複数のノードが同時に通信を開始しようとした場合に衝突回避のため、衝突回避機能 PLCA( […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(7)「100BASE-T1 」概要
100BASE-T1 登場の背景 永年に渡り車載ネットワークの主役は CAN だ。2012年に CAN FD が公開されるまでは、CAN の伝送速度は 1Mbps だった。2002年に CAN より高速な FlexRay […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(8)「100BASE-T1 」4B3B/3B2T/PAM3 変換 / フレーム構造
4B3B/3B2T/PAM3 変換 初期の 10BASE5/2/-T は、伝送路上のフレーム間ギャップは無信号状態になっている。これは、1本の伝送路を複数ノードで共有するバス方式のため信号の衝突を避けるためにはデータを送 […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(9)「100BASE-T1 」スクランブラ
スクランブラ スクランブラは、100BASE-T1 が動作時にコネクタやケーブルから放射する妨害波(EMI)を抑えるために実装された機能だ。電磁妨害波が他の機器の誤動作を引き起こすため、米国の FCC や日本の VCCI […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(10)「1000BASE-T1」概要
1000BASE-T1 登場の背景 2015年に 100BASE-T1 の標準化が完了したが、当時から 100Mbps では帯域不足との指摘があった。主な理由はカメラ映像の伝送だ。既に実用化された 100BASE-T1 […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(11)「1000BASE-T1」符号変換の概要 80B81B / RS FEC
初期の 10BASE5/2/-T は、伝送路上のフレーム間ギャップは無信号状態になっている。これは1本の伝送路を複数ノードで共有するバス方式のため、信号の衝突を避けるにはデータを送信していない期間を無信号にする必要がある […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(12)「1000BASE-T1」符号変換 スクランブル/3B2T/PAM3 変換
3B2T/PAM3 次に、3B2T/PAM3 変換の手順を説明する。 「図1 1000BASE-T1 符号化処理」は、3B2T/PAM3 の一連の信号変換の例だ。伝送クロックは 750MHz で、GMII の 125MH […] -
4.車載ネットワーク
基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(13)「1000BASE-T1」OAM / フレーム構造 / 上位層制約事項
OAM OAM(Operation / Administration / Maintenance)は、送信側 PHY と受信側 PHY がお互いの PHY リンクの健全性ステイタスを交換するために使用する。OAM は 1 […]