基礎から学ぶ車載 Ethernet 技術(7)「100BASE-T1 」概要

100BASE-T1 登場の背景

永年に渡り車載ネットワークの主役は CAN だ。2012年に CAN FD が公開されるまでは、CAN の伝送速度は 1Mbps だった。2002年に CAN より高速な FlexRay が登場した。FlexRay の伝送速度は 10Mbps と当時の制御系としては十分な性能があった。しかし、車内での DVD 再生などのインフォテインメント系には不十分で、インフォテインメント系をターゲットに MOST が登場した。MOST の伝送速度は 25/50/150Mbpsの3つの規格があり、インフォテインメント系には十分な帯域がある。

FlexRay は欧州系の自動車メーカにはかなり採用されたが、CAN の牙城を揺るがすほどではなかった。MOST は想定したほど低価格化が進まず、期待されたほどは普及しなかった。幾つかの敗退要因が指摘されているが、映像リソースの共有化等のため Ethernet との相互接続や IP パケット対応を進めたことが要因の一つのようだ。もう一つの要因は Token Ring トポロジの採用だ。Ring トポロジは堅牢なトポロジだが、ワイヤーハーネスの引き回しの自由度が少ない。

Ethernet の40年を超える歴史で、Token 方式はことごとく敗退している。1980年代に Token Ring(IEEE802.5)は Ethernet (IEEE802.1/3)との主導権争で敗退した。次に、1995年前後の 100Mbps での主導権争いでは、Token 方式の 100VG-Any LAN は 100BASE-TX に敗退している。リアルタイム性を保証できる点で Token 方式は優れているが、Token 制御はかなり複雑で LSI のコスト増を招く恐れがあると共に動作が複雑で理解しづらいところがある。また、Token 巡回時間のばらつきも大きい。この辺りが敗退の要因かもしれない。

CAN/FlexRay/MOST がほぼ出そろったところで、2011年に Broadcom社が独自方式の BroadR-Reach を開発した。独自方式ではあるが、汎用 Ethernet の第1層(物理層)以外には一切手を加えていないため、第2層以上の上位層をそのまま使用でき互換性がある。もちろん第2層と第1層をつなぐ xMII も変更していない。既存 Ethernet の MAC(第2層)LSI まではそのまま使用し、PHY(第1層 物理層)LSI のみ交換すれば、自動車向けに安価なソリューションを提供することができる。BroadR-Reach を元に(実はほぼそのまま) 100BASE-T1(IEEE802.3bw)が制定された。

自動車業界で、FlexRay や MOST を積極的に取り入れたのが BMW社だ。BMW社は、これらの既存車載ネットワークでは ADAS(先進運転支援システム)などに対応できないと考え、 Ethernet などを調査した。汎用 100BASE-TX は十分な帯域とトポロジの柔軟性はあるが、車載の EMC 要件等を満足しない。そこで、 Broadcom社と協力し車載要件を満たす BroadR-Reach を開発した。この開発推進団体が OPEN Alliance(One-Pair Ether-Net Alliance)だ。当時設定した仕様は次の3点だが、この基本仕様は現在の車載ネットワークに継承されている。

  • 1対シールドなし撚対線(1 pair UTP)
  • 全2重/100Mbps
  • ケーブル 15m 以上

100BASE-T1

100BASE-T1は 1対の撚対線を介して 100Mbps 双方向通信ができる物理層規格だ。ケーブル長は少なくとも 15mで、4個の中継コネクタ(インラインコネクタ)を介してノード間を接続することができる( 「図1 100BASE-T1 リンクセグメント」 )。定格インピーダンスは 100Ωで、汎用 Ethernet の2倍だ。

図1 100BASE-T1 リンクセグメント
図1 100BASE-T1 リンクセグメント

100BASE-T1 は、IEEE802.3bw として 2015年標準化された。ワイヤーハーネスを削減するため、IEEE802.3bu で規定される PoDLPower over Data Lines)と呼ばれる信号線給電にも対応している。 1対(2本)の信号線で、双方向通信と給電を行うことで、ワイヤーハーネスの軽量化と省スペース化を実現している。

符号化は汎用 Ethernet の 100BASE-TX とは異なり互換性がない。100BASE-T1 の符号化は、4B/3B(4bit to 3bit)変換、スクランブル処理、3B2T(3bit to 2-ternary)変換を順次処理し PAM3Pulse Amplitude Modulation 3-level)シンボルに変換し、基準クロック 66.7MHz のデータレートで 100Mbps の伝送速度を実現している。

100BASE-T1 の物理層は、PCS/PMA/PMD の3つの副層のみ規定しているだけだ( 「図2 100BASE-T1 物理層副層」 )。規格上、第2層とのインタフェースは MII のみが規定されているが、市販されている物理層デバイスでは様々な xMII をサポートしている。100BASE-TX と 100BASE-T1 物理層の違いは、「表1 100BASE-T1/100BASE-TX 比較」をご覧いただきたい。

図2 100BASE-T1 物理層副層
図2 100BASE-T1 物理層副層
名称100BASE-T1100BASE-TX
規格IEEE802.3bwIEEE802.3u
伝送速度100Mbps100Mbps
トポロジPoint to PointPoint to Point
通信方式全2重通信全2重通信
ケーブルUTPUTP CAT5
最大伝送距離15m100m
信号線数1対(2本)2対(4本)
符号変換4B/3B4B/5B
スクランブルx11+x9+1x11+x9+1
信号変換PAM3MLT-3
MDI 基準クロック33.3MHz125MHz
表1 100BASE-T1/100BASE-TX 比較

基礎から学ぶ車載 Ethernet

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。