イントロダクション(2)Ethernet TSN 登場

Ethernet TSN 規格が2019年にIEEE802委員会で正式に決定した。1980年に規格が制定されて以来「リアルタイム性」を捨て、Best Effort 通信に徹してきた方針を変えた。イーサネットは確実性よりも常に最高性能を実現することで、オフィスLAN(Local Area Network)の主役になり、キャリアの通信網を置き換えてきた。しかし、リアルタイム性を持たないことで制御系の用途では敬遠され、IoTや車載ネットワークでの利用は進んでいない。

イーサネットでは、送信元から宛先に到達するまでには多くのゲート(スイッチやルータ)を経由する。先行するフレームや行き先を妨げるフレームがあると、フレームが待たされたり廃棄され、期待した時間内に到達できない。図1 のように、宛先に向けて出発した車が待たされたり通行止めでたどり着けない状態に似た現象が起きる。

Ethernet TSN では、制御系データなどの緊急性の高いデータを確実に宛先に届けるために、図2 のように緊急データの経路を「専用道路」に変え、VIP 並みの扱いで宛先まで時間内に確実に届ける方法を採用した。全ての信号が青になった「専用道路」を緊急データは通過し、その他のデータは全て赤信号で停止させるイメージだ。専用道路には、緊急性の高いデータ以外は一切入れない。「専用道路」は一定時間間隔で一定時間開設される。この時間帯以外は全てのデータに開放される。

映像や音声などストリーミングデータは制御系の緊急データほどではないが、必要な帯域と遅延時間を確保し宛先に届けられる。図3 のように「優先レーン」を映像・音声などのストリーミングデータに割り当て、他のレーンには ftp や http などの Best Effort 扱いのデータが割り当てられる。優先度の異なる2本の「優先レーン」があり、必要に応じて開通する仕組みだ。ストリーミングデータと Best Effort データは混在し、決められた帯域と遅延時間内でストリーミングデータは優先的に伝送される。ストリーミングデータがないタイミングでは、Best Effort データが帯域を使うことができる。

図1 従来のイーサネット
従来のイーサネットは、経路上の混雑状況や障害を予測できない通信方式だ。信号もない無秩序な道路のイメージ。
図2 Ethernet TSN(制御データ)
Ethernet TSN での制御データなどの緊急データは「専用道路」を通行するイメージだ。他のデータは赤信号で全て遮断され、緊急データが伝送路を占有する。
図3 Ethernet TSN(ストリーミング)
映像や音声などのストリーミングデータは「優先レーン」のイメージだ。ストリーミングデータは常に優先され、Best Effort データは空き帯域を使用する。

Ethernet TSN は、「緊急データ」と「ストリーミング」を優先して扱い、ftp や http などの Best Effort データと共存する仕組みを提供することで「リアルタイム性」と「従来データとの共存」の両方を手に入れた。Ethernet TSN により、キャリアの通信網~オフィス LAN~IoT 現場/車載ネットワークと広範囲のシームレスなイーサネット網の実現が可能になった。

Ethernet TSN で何が変わるか?

工場や物流現場のネットワークは、上位層の情報系はイーサネットだが、下位層の制御系は旧来の RS485ベースのフィールドバスや、産業用イーサネットで構成されている。産業用イーサネットは一般的なイーサネットとの互換性を捨て、リアルタイム性を獲得した方式、または一般的なイーサネットとの互換性はあるがリアルタイム性がない方式の2択だ。Ethernet TSN の登場で、この究極の選択の必要性はなくなった。リアルタイム性を持ち、一般的なイーサネットと完全互換の新しい産業用イーサネットが手に入る

車載ネットワークの主役は CAN と LIN だ。車内で映像等のリッチコンテンツを扱うために、FlexRayやMost が登場した。しかし、モバイル網を介した外部との接続性や下位層のCANやLINとの親和性に十分対応できる通信方式が存在しなかった。Ethernet TSN は開発の初期段階から自動車メーカが参画し、車載ネットワークの要件を満たす仕様になっている。TCP/IP上の様々なアプリケーションとの親和性、CIPなどのリアルタイム処理プロトコルとの接続性を持ち、下位層のCANやLINとの相性も良い Ethernet TSN が、車載ネットワークの主役になる可能性が高い。

Ethernet TSN 重要ポイント

Ethernet TSN のキーとなる技術は、緊急度の高い制御データを一定サイクルでかつ一定時間内に宛先に届ける「 Time Aware Shaper」だ。制御系データなどの緊急性が高いデータを「クラスCDT」、ストリーミングデータを「AVBクラスA/B」と呼び、各クラスにはサイクリックに使用権が割り当てられる方式だ。すべてのノードとスイッチなどの中継装置は、時刻同期をとることで同時に動作モードを切り替えることでこれを実現している。クラスの識別にはVLAN ID を使用し、サイクル時間とクラスCDTの占有時間は必要に応じて設定できる。また、確実な伝送を実現するために、伝送路上のスイッチは Store & Forward 方式を推奨している。

図4 Ethernet TSN 動作概要

図4は1段のスイッチを介して、送信元から宛先にフレームを伝送する例。各サイクルは緊急データ用のクラスCDTとその他のクラスに分割される。クラス識別には VLAN ID を使用する。VLAN Tag 付きのEthernet フレームが前提だ。中継スイッチは Store & Forward 方式のため、フレームを一旦取り込むための遅延が発生する。この例では4個の緊急度の高い制御フレームを送信している。その他のクラスは、クラスA/Bのストリーミングの設定帯域を優先し、一般的な ftp や http 等のトラフィックは残りの帯域を使用する。

連載概要

Ethernet TSN の対象市場は、IoT ネットワークと車載ネットワークの領域だ。IoT を支えるネットワークは、従来型イーサネット、産業用イーサネットとフィールドバスだ。車載ネットワークは、 FlexRay や NOST などのインフォテイメント系ネットワーク、CAN と LIN だ。

先ずは、IoT ネットワークの構成と主な現状技術、次に車載ネットワークの構成と主要な技術を解説する。これらの知識や情報を踏まえ、 Ethernet TSN の主要技術を解説する。Ethernet TSN の理解には全てではないが従来型イーサネットで確立した技術や、産業用イーサネットで登場した技術知識も欠かせない。必要に応じてこれらの技術も紹介したい。

図5 連載概要

この記事を書いた人

岩崎 有平

早稲田大学 理工学部 電子通信学科にて通信工学を専攻。
安立電気(現 アンリツ)に入社後、コンピュータ周辺機器の開発を経てネットワーク機器の開発やプロモーションに従事する。
おもにEthernetを利用したリアルタイム監視映像配信サービスの実現や、重要データの優先配信、映像ストリームの安定配信に向けた機器の開発行い、Video On Demandや金融機関のネットワークシステム安定化に注力した。
現在は、Ethernetにおけるリアルタイム機能の強化・開発と普及に向けて、Ethernet TSNの普及活動を行っている。